ゲームは勝ち負けを競いながら楽しく遊ぶための道具。競うことが嫌いな人はゲームも好きになれない。できれば負けるくやしさを楽しめるゲームがいい。
ゲームは民主的な道具。仕事や勉強のなかの競争に勝ち続ける人にはおそらくゲームはいらないだろう。ところがそんな人はほんの一握り。最大多数の最大幸福を求めて生き続けるのがゲーム。
ゲームは暇つぶしに良く効く。退屈するのはやることが無くなったときではなく、考えることが無くなったとき。脳という組織はたとえ数分間でさえ酸素が来なくなると我慢できずに死滅する。考えることが無くなることは脳にとっては脅威なのかもしれない。
ゲームは現実逃避にも使える。常に現実に正面からぶつかれるほど人間は強くはない。同じ現実逃避でもシンナーや覚醒剤はデリケートな脳を破壊し、元に戻らなくしてしまう。一方、ゲームは脳を活性化する。
ゲームはボランティア精神を育てる。 勝った者がなんらかの金銭や物を受け取ることを賭博という。賭博とゲームは明らかに違う。ゲームはどこかボランティアに似ている。ゲームを楽しいと感じるのはゲームが人間の高度な欲求を満たしてくれるためかも知れない。ただし、ゲームで忙しいからボランティアをする暇がない。
ゲームはどんどん楽しくなる。ゲームで遊ぶ人はもちろん、その作る過程もまた楽しくなければ想像力が働かず、やる側も楽しめない。だからゲーム機に使われるあらゆる技術は枯れていた方が良いのかもしれない。ゲームは不滅だ。楽しくないゲームは消えゆく運命にあり、楽しいものだけが生き残るから、ゲームはどんどん楽しくなる。
-2001/5/25(金曜日)
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