「もっと仕事場に近くて安いところを紹介して欲しい」。私は現地の世話役であるGさんに、仕事始めの朝、仕事場に向かう車中でこう伝えた。お互いに得意ではない英語を使って話すからなかなか通じない。「日本人は金持ちだからあれくらいのホテルが良いのかと思った。」と彼は答えた。翌日に私は宿泊代が6000円くらいのモーテルに移ることになった。
オリンピックの年、トラブル対策のために単身で訪れることになったフランスはトラブルゆえに気が重いと同時に憧れの国であるからプラスマイナスを考えるとプラスの方が多い。最初の宿は凱旋門近くのシャンゼリゼ通りから歩いて5分くらい入ったところにあり、宿泊代は20000万円程度、”金持ち”の日本人客も多かった。会社からは贅沢すぎるからすぐに安いところに移るように指示があった。確かにちょっと高い。
フランス人は英語を話せても話さないからという噂に従い、空港からタクシーに乗るときは宿泊先の名前と住所が書かれたFAXのコピーを運転手に渡した。運転手はすぐに分かったらしく何の問題もなかった。フランスのタクシーは時間帯や曜日によって料金が大きく変動する。深夜や休日に働くというからにはそれなりの割り増しが必要だと考えるのがフランス人なのだろう。
倉庫街の社員食堂
仕事場はパリ中心部から車で30分くらい走ったところにある倉庫街だ。道路は整備されている上に飛ばすから50kmくらい郊外だと思う。初日はあっという間にお昼休みになった。同じ倉庫街に共同の社員食堂がある。私はGさんの案内で昼食を共に取ることになった。社員食堂だからやはり食券を使う。食堂に入って左側には賄いのいわゆる食堂のおばさんがいて、右側には20名くらいがかけられるテーブルがあった。そして棚には料理が並ぶ。この辺はどこの国の社員食堂も同じだと思う。フランスらしいところはワインが置いているところ。
Gさんに薦められるままに赤ワインも頂いた。これは、先のコラム「・・・社員食堂の旅」でも書いたように午後の仕事はぼんやりとしてしまう。これはやばいと感じた私は次の日からはワインを遠慮することにした。訪れたのは7月の終わりであったためにサマータイムであること、それからフレックス勤務であることから勤務は朝早く来て早く帰る人も多い。まだ日も高い夕方4時くらいになると従業員はそわそわし始める。その日は4時半に終わった。帰りの車中でGさんには娘さんがいて孫もいることが分かった。GさんはおGさんだった。
新しい宿泊先モーテル
滞在四日目の夕方、モーテルに案内された。Gさんはいかにも「金持ちの日本人にこんなところを紹介して良いのだろうか?」という疑問が消えなかったようだ。荷物を持って部屋に入ったが部屋の番号は7番。これはいまでも覚えている。一桁しかない部屋番号はあまり聞いたことがない。部屋に入ったら当然のことながらバスはなくシャワーのみ。エアコンも冷蔵庫もない。テレビの放送はもっぱらフランス語。ベッドが小さい。きちんと眠らないと足がベッドの外にはみ出す。これではっきり分かったのはフランス人はもっとも外人らしいが背の高さでは日本人によく似ていると言うことだった。夜は暑かったので窓を開けて眠ったが空気が乾いているせいか寝苦しくはなかった。
そんなモーテルにもレストランがあったのは助かった。何しろ周りには何もないように思えたからだ。中に入ってあるテーブルを陣取って周りを見ると当然のことながら日本人は誰もいない。何とも心細い。そのうちにちょっと太めの近所のお姉さんのようなウェートレスが笑顔で近づいてきた。金髪のフランス美人を想像していた自分には意外ではあったがこの方が落ち着く。
フランス人は背丈は日本人と変わらなくても食べる量は多いようだ。私が少な目に注文するとそれでおしまいかと言わんばかりに不思議そうな顔をする。(英語も通じないので表情で気持ち読むしかない。)ステーキを頼んだときには山のようなフライドポテトがついてきて食べきれなかった。当時の私の最大の不幸はストレスのためか歯が痛んでいたこと、そして食前酒を含む食事代がすべて出張費から出ることを知らなかったことだ。今思えば一番高いやつを注文すれば良かったと思う。
同僚二人と合流後の旅
そんな日々が一週間続いて、やっと日本から応援が二人やってくることになった。実に心強い。到着後の日曜日にパリに行こうという話になった。モーテルから凱旋門のすぐ近くまでタクシーに乗った。休日だから料金も高い。30分で8000円前後だったと記憶している。3、4時間かけて、凱旋門、エッフェル塔、セーヌ川といった観光名所を見て回ったあと、帰りは地下鉄に乗ろうという話になった。これが結構きつかった。
地下鉄に乗ると途中から地上に出てきてモーテル近くの無人駅に着いた。周りはヒマワリ畑だらけ。私は「ひまわり」という映画のエンディングに出てくる広大なヒマワリ畑のシーンを思い出した。3人とも無事にモーテルにたどり着けるか非常に不安になった。私は先にメガスーパーで買っていた地図を取り出し、この地図の通りに進めば必ず到着するはずだと二人に言っててくてくと歩くことにした。タクシー乗り場などどこにもない。距離から時間を計算すると3時間はかかりそうなくらいに離れていた。モーテルに着いたのは夜の9時。まだ薄暗かったのが助かった。
-2001/4/29
-2006/5/6 推敲
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