彼は釣りに行こうと思い立った。そして外に出る。海へは行かない。川にも行かない。胸を躍らせて山へと向かった。竹やぶのある山へ向かう。竹やぶの中から釣りざおに適した竹を物色する。2,3メートルくらいのまっすぐに伸びたしなやかな竹がいい。彼は1本の竹が気に入った。持ってきたナイフを取り出し、根から切り倒す。その場で枝を払ってうちへ帰る。
あらかじめ用意しておいた釣り針と鉛とテグスを取り出す。小さな釣り針にテグスを結ぶ。素直に釣り針を結ぶにはちょいとした工夫が必要だ。ただ結べば良いというわけでもない、人から教えてもらい、何度もやっているうちにやっと結び方を覚えた。釣り針から20cmほど離して米粒の倍ほどの大きさの鉛をつける。調理パンの口を開いたような鉛の間にテグスを通し、ペンチで挟んで固定する。浮きはつけない。テグスは釣りざおが先のほうで折れても無くさないように長めに竿に結びつける。ただこれだけの古典的な釣りざおなら、都合の良い自然さえあればいつでも作れる
エサは釣具店で買うわけじゃない。釣具店で買うのは釣り針と鉛とテグスくらいだ。彼はいよいよ海へと向かう。しかし、直接磯へは行かずまず砂浜の打ち上げれれた海草類が集まる場所へと行く。その中を掘っているとミミズが出てくる。そのミミズを捕まえては瓶の中に入れる。このミミズも良いがもっと良いのは岩ミミズ。磯へと向かってやわらかそうな岩を砕くと中に浜のミミズよりちょっとグロテスクな様相をしたミミズが出てくる。それをまた瓶へと移す。このミミズ嫌いな魚はいないのではないかと思うほど魚は良く食らいつく。
彼はやっと磯の先端へと脚を運ぶ。ゆっくり腰をかけ、あるいは立って、釣り糸を垂らす。できれば泳ぐ魚が見えるほど澄んだ海がいい。凪ぎすぎていてもいけないししけていてもいけない。彼は釣りざおの竹の節を上にする。浮きが無いから海の底までの距離を考えながら、魚が泳ぎそうな高さにエサがくるように調整する。後は待つばかりだ。どんな魚が釣れるだろうか?大きいのかが釣れて竿が折れたらどうしようとなどと心配するのもまた楽しい。
浮きが無いから直接魚達のえさを突付く感触が指、手、腕へと伝わってくる。後は魚との知恵比べのようなものだ。だまされた方が悪い、と釣る側の人間は勝手な理屈を考える。さんざん引きを楽しませておいてエサだけうまい具合に頂戴して逃げる賢い魚もいる。いきなり食らいついて逃げ場を失う魚もいる。団体でやってきて何も考えずに皆と同じ行動をして運悪く釣り上げられる魚もいる。エサのあまりのみすぼらしさに寄り付こうとさえしない魚もいる。魚との知恵比べは古典的でも現代的でも変わらないのだと思う。
-2001/01/05
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