旧約聖書によれば、創世記に神は自らの姿に似せて人類の祖といわれるアダムとイブを造り、悩みや苦しみの無い幸福に満ちた楽園を与えました。しかし、ヘビにそそのかされたイブとともにアダムも善悪の知識を得るという禁断の木の実を食べてしまいます。神の命令に背くという原罪を犯した二人はヘブライ語で喜びを意味するエデンの園を追い出されるとともに罪を背負って生きることになります。
ユダヤのベツレヘムで生まれ、ガリラヤのナザレで育ったイエスは神の国がすでにこの世に実現されつつあると説き、ユダヤ教も厳しく批判しました。それがために紀元後の30年に十字架の刑に処せられたとされています。(聖書には十字架という言葉は一言も書かれていないから十字架ではなく、一本の柱だったと主張する人々もいます。)
旧約聖書とタルムードを主要聖典とするユダヤ教はキリストを救世主と認めず、神の国を地上にもたらすメシア(救世主)の到来を信じているため、ユダヤ人にとってクリスマスはうれしくない日です。1549年に鹿児島に上陸したフランシスコ・ザビエルは日本にはじめてキリスト教を伝えたもののたいていの日本人は無宗教と言えるでしょう。
クリスマスはイエス・キリストの誕生日、だから今年は生きていれば2000才だと考えがちですが、実際はちょっと違うようです。イエスキリストの母マリアがヨセフとの婚約中に天使から受胎告知を受けた後、馬小屋で産んだとされるその年は実際は4年以上さかのぼるようです。しかもクリスマスは太陽の冬至祭(冬至は現在の太陽暦では12月22頃)と融合されたもののようです。しかし、もともとキリスト教信者ではない多くの日本人がそんな細かいことを気にするわけがありません。
退職しても働きたいとそこに生きがいを求める多くの日本人にとって、勤勉は善。しかし、それがために祭りをするための言い訳を探すのかもしれません。ある人はプレゼントを期待し、ある人は飲み会の機会が増えることを喜び、ある人はセールを楽しみにし、ある人はケーキが堂々と食べられることを喜び、またある人はイブの夜に期待を抱きます。差別されていた社会的弱者を救い、それがために十字架の刑に処せられた救世主としてのイエスに願をかけてツリーに短冊や絵馬を吊るす人さえいるでしょう。それが日本人のクリスマスかもしれません。
-2000/12/3
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