刺激を受けたならばすべからく、それに対してなんらかの反応があるものです。反応が早ければ「短絡的」、遅ければ「のろま」、忘れた頃に反応すれば、「根に持つタイプ」だと、言われたりもします。
逆に反応が早ければ「機敏」、遅ければ「冷静」、忘れた頃に反応すれば、”覚えていてくれたのか”、と感謝されるときもあります。反応が速いか遅いかではなく、受け手にとってその反応が好ましいかどうかで評価がきまるようです。
”わざわざ人を困らせるような反応はしたくないものだ”、と思いつつも、自分という組織(人体システム)をうまくコントロールできる人は皆無のようです。たまたまうまく行っているのに、それを自分の力だと勘違いしたり、逆に、たまたまうまく行かないのに、それを自分のせいだと勘違いすることも含めて、ここでは”調子に乗る”、と呼ぶことにします。
このあいだラジオから、弦楽器による”コーヒールンバ”が流れてきたとき、奇妙なほどの心地よさを感じました。それはまるで、縺(もつ)れた糸が見事に解(ほど)かれてゆくときのように、耳を奪われていたようです。そこで、その心地よさの秘密に迫ってみることにしました。
『コーヒールンバ』はその昔ベネズエラのアルバ奏者ウーゴ・ブランコのヒット曲とされ、日本では西田佐知子が唱ってヒットしました。2,3年くらい前からラジオで流れているのは
上松美香のアルバ演奏によるものです。
さて、ここで言う『ルンバ』は植民地時代のキューバで生まれ、その後中南米のラテン音楽に大きな影響を与えたルンバではなく、その後影響を受けた方のラテン音楽の一ヒット曲であると、されています。
大航海時代の中南米は甘味を求めていたヨーロッパ人らが競って訪れています。ヨーロッパ人が運んできた伝染病にかかって多くの先住民が亡くなってしまったため、プランテーションの労働力としてあてにしていた労働力が足りなくなり、アフリカから強制的に連れてきています。
奴隷として生まれてくる人はいませんが、いつの時代も意に反して奴隷として扱われる人はいます。意に反する行為を強制されたとき、どのような反応を示すかで運命が決まってしまうようです。
キューバの先住民は奴隷として扱われることを拒否しスペイン人に反抗したため全員殺され、この後連れてこられたアフリカ人らが奴隷として扱われプランテーションで働くことになりました。
彼らはその屈辱的な生活の中で独自の音楽を生み出しています。それは、アフリカ由来の打楽器のリズムだけではなく、ヨーロッパ由来の弦楽器のメロディも取り入れながら融合させたラテン音楽です。
独自の音楽を生み出すことによって、奴隷として扱われることによって奪われたプライドやアイデンティティを取り戻し日々の活力にしたと伝えられています。
芸術やスポーツといった誰にでも認められる、より高い価値を生み出すことで、現実の社会で認められない欲求や衝動を発散することは「昇華」と呼ばれています。この「昇華」は誰にでも簡単に実現できるものではなく、成功する人はごく一部だとされていますが、ラテン音楽はその一例になるはずです。
御しがたき不快な刺激をより高次な価値に変えることは難しくとも、それに成功した人たちが残した価値は時間と空間を越えて我々に伝わってきます。コーヒールンバの心地よさは、奏者の腕もさることながら、この辺にも理由があるのだろうと思います。
-2003/7/17
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