日本に帰化したイギリス人作家、ラフカディオ・ハーンが残した怪談の中に、こんな話があります。妻を捨てて家を出た夫が、何十年も経ってから昔のことが懐かしくなり、かつて住んでいた家に戻ってきました。そこにはまだ当時の建物が残っていましたが、妻の姿はどこにもありません。ただその代わり、部屋のなかには誰のだかわからない頭蓋骨が、一つだけ転がっていました。
この話のなかには、怖さを引き出す要素が含まれています。その一つは、罪の意識です。妻を捨てて家を出た、という部分がそれです。この逆で、自由奔放に生きたいがために、家を飛び出した妻、という設定でも同じです。この社会でやってはいけないとされること、あるいは、それをやったら仲間はずれにされそうなこと、などでも構いません。
もしあなたが、たとえば駅前に自転車を放置し続けていたとしましょう。あるいは違法駐輪・駐車を繰り返していたとしましょう。普段は、自分だけじゃない、みんなやっていることさ、自分はそんなに悪いことはしていない、駐輪場を用意しない役所の方が悪い、などと自分に言い聞かせ、なんとか罪の意識に襲われないようにしています。
ところがある夏の日の夜、あなたは駅前の放置自転車に襲われます。自転車には誰も乗っていません。しかもその自転車は一台だけではありません。駅の構内を出て家に帰ろうとすると、後ろから何台もの自転車が、誰も乗っていない空の自転車たちが、自分に向かって襲ってくるのです。
必死で逃げているうちに、いつの間にか見覚えのある場所にたどり着きました。そこである物を発見し、そこがどこだったかを思い出します。そこは、あなたが最初に自転車を放置した場所だったのです。落ちていたのは、自転車のハンドルでした。
自転車のお化けは罪の意識の象徴であるため、あなたが逃げていたのは、自転車からというより、普段意識のそこに押し込めようとしている罪の意識から、ということになります。こう考えると、現代版の怖い話はいくらでも転がっていそうです。
-2006/5/16
●当サイトは全ページリンク・フリーです。連絡も要りません。
Copyright(C) 2000-2006 xSUNx(サン) all rights reserved.