不況が続く日本において経済学は非力だ。すぐれた経済学者がそろっているのに、こうしたらよいのではないかと言う人もいれば、それではいけないと言う人もいる。しかも、そのいずれを政策に活かしても良くはならない。
どうもこれはおかしいと感じ始めた人達は、経済学を知るには経済学だけでは不十分だと考えたのか、人間の心理を扱う心理学など別の分野が経済に影響を与えていると考えて新しい試みを始めた。そんな中で、株価の暴落はなぜ起きたのかとか、恐竜はなぜ滅んだのかと、それを解くカギは”複雑系”にあるという本が売りに出されて話題になり、最近は”複雑系”と称する学問まで手探りのまま始まっている。
このコラムを読んでくれる人にその専門家がいるとも思えないから、ちょっと無責任とも思える編者の素直な感想を書くと、”複雑系”という学問はその探究のために学者やそのための高速なコンピューターを提供するメーカーを喜ばせても、当分役に立つような結論が出るのはかなり先のことになるような気がする。複雑なだけに混沌とした世界に足を踏み入れ、迷いを増すばかりではないかと。しかし、学問の創世記にはそうした犠牲者はつきもので、成果が出るのは研究者の死後であったりする。それでも、研究者はそれもまた良しとする覚悟が出来ているのかも知れない。
こんなコラムを書くくらいだから、編者自身も”複雑系”には大いに興味がある。しかし、どちらかと言えばその複雑なからくりを知るより、もともと人間は何のために生きているのかと考えた方が話が早いような気がする。どんなに世の中が複雑になっても、人は皆、幸せになろうとして自らの得意分野を活かそうとして活躍を始める。しかし、それは手段に過ぎない。
人々を引きつけて止まない”複雑系”であるだけに、利用される危険性もある。もし、自分がその複雑系の専門家なら、自分がなし得ない成果についていくらでも”複雑”に言い訳が出来るような気がする。
自分にその気さえあれば、「働き続けることも出来るし、定年後も惨めな暮らしにはならない」という、たったこれだけのことを保証するだけで、経済は盛り上がると考える編者は単純すぎるだろうか?もちろん、怠け者には三度の飯も与えられないという”社会正義”を満足させた上での話。
(ここまで読んでくれた方に感謝します。)
-2001/9/10
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