xSUNxトップコラム・インデックス文化・芸術
カメラマンは何を撮ろうとしているのか?


 幼いころ写真が作品だと知ったとき、風景を見ながらシャッターを押すだけなのにどこが作品なのだろう?筆を使って絵を書くわけでもないのにと不思議に思ったものです。一方、初めて写真機というものが日本に伝わったとき、昔の人は魂を抜かれると恐れたそうです。それは当たっているのかも知れません。ただ、人の魂を抜くのではなく、人の魂を撮るのが作品なのだという気がしています。

 相変わらず精力的に写真撮影を続ける荒木経惟(のぶよし)さんの様子を伝える番組をみました。最初は女性を綺麗に撮る人の一人だと思っていましたが、街を撮りつづける彼は一体何を撮ろうとしているのだろうかと改めて考えました。

 女性がセクシーだと言うのは良く分かりますが、彼は番組の中で西新宿の街の廃墟性を探してシャッターを押していました。確かに撮られた写真は廃墟のように写っていました。当然のことながらまだ人が住んでいる街です。それを彼はセクシーだと言っていました。またそうした写真を見た人たちはあの世が写っているような気がするという人もいるようです。

 この番組を見終わった後、もしかしたら彼は10年前に亡くした最愛の人(妻、陽子さん)に近づこうとしているのではないかという気がしました。彼の写真集のなかでも陽子さんを撮った「東京日誌」は有名です。10年前に陽子さんを亡くしたときはさすがに創作意欲が湧かず、落ち込み友人たちを心配させていたという話を思い出しました。

 求めるものに近づこうとしてカメラマンはシャッターを押すのではないか、それが具体的に何であるかは分からなくても求める何かを感じるからこそシャッターを押す。だからやはり写真はその人にしか創作できない作品なのだろうと思います。

-2000/12/20


以下のURLは荒木さんのホームページです。
荒木経惟データ・ベース 荒木経惟ページ



■当サイトは全ページリンク・フリーです。連絡も要りません。
copyright(C) 2000-2001 xSUNx(サン) All rights reserved