衣食住が満たされたとき、次に満たすべきは気持ちに関わる部分が多い。形無きものに自分の得たものをつぎ込む人が増えてくる。人が自分に無きものを求めるからこそ、人と同じ事をしていたのではすでに手に入れた衣食住でさえ維持するのが難しい時代だと思う。
ところがすでに手に入れた場所を安住の地と思う自分から離れてみるのは難しい。家庭も仕事も運も、これまで支えてきたものを捨て去るのは難しい。捨て去るように見えて実はそれが守ることだと知ればそれはけっして捨て去ることではないことも分かる。かつての安住の地は記憶の中にのみとどめて気持ちを揺れ動かすものを探し求めるのでなければ新しい力にたどり着くのは難しいと思う。
変わり者と言われる人がそうではない他人に比べて自分が劣ると考えるのはもったいない。あるかもしれない可能性を摘んでしまうように思えてもったいない。実は人より抜きんでいるかも知れない可能性を否定しているようでもったいない。
ひねくれ者は自分を卑下する前に素直ではない自分の気持ちのしくみに何かが隠されていないか探すのが良いと思う。ただのひねくれ者になりたくないのなら、その気持ちの歪みに隠れた宝を探せば新しい力が生まれると思う。与えられ、隠された可能性を探し出す意欲が無ければただのひねくれもので終わってしまう。隠れた宝を探しだし誇るべきひねくれ者になれる可能性がある。
寂しがりやは自らが欲しがるものをよく知っている。その欲しがるものは人も欲しがる。欲しがるものを与えられる人は求められる人。寂しいからこそ求めて止まず、それが新しいものを創る力を培養して増殖し、ただの寂しがりやではなくなるときが来る。
人並外れているのなら、それが良いとか悪いとか呼ばれようが、それが皆と同じではないからこそ新しいものを創る力を生み出す運命にあると思う。それが幸運をもたらすものにつながることを忘れず、探し求める自分でありたい。
-2001/1/19
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