「そう言えば十年前もこんな感じだったなあ」。彼はそう考えながら、駅の改札を通って外に出た。十年前と同じ雪が降っている。寒いと感じているのが自分だけではないことは通り過ぎる人の声からも分かる。
ちょうど十年前の冬、まだ待ち合わせの時刻まで時間があると思った彼は、駅の奥の壁に並んだ自動販売機の前までやってきた。膨らみすぎた財布を気にしていた彼はポケットからその財布を取りだし、小銭を片っ端から自動販売機に放り込んだ。その後返却ボタンを押す。『なんて自動販売機は賢いんだ。』出てきた小銭の数の少なさを改めて掌で確かめ、ダイエットに成功した財布を眺めながら笑みを浮かべた。
そうこうしている間に、待ち合わせていた彼女が遅れてやってきた。「お待たせ!」。ところがそう言って彼女が向かったのは彼の方ではなく、自動販売機。喉が渇いていた訳じゃない。それでも彼女が買ってきてくれた缶コーヒーは暖かかった。
ところが彼女は十年後にまたここで会いたいという言葉を残して姿を消した。『彼女は今どうしているのだろう。』そんなことを考えながら寒さを忘れていた。
突然目の前に現れた女性の姿を見て彼は2010年の我に返った。最近知り合った彼女は十年前の彼女では無い。よりによってこんな日に、どういう訳だか今日会う約束をしてしまった。
彼女は昔の彼女によく似ているような気もする。それでも名前も違うし、ほっそりしているし、目鼻も整っている。
「お待たせ!」と一言彼女が言ったかと思うと、向かったのは彼の方ではなく、自動販売機。そして彼を呼んでいる。記念写真を撮るためだ。でもただの記念写真じゃない。
2004年に始まった自動販売機のネット接続と、防犯用に備えられたカメラ機能とが合体し、留守番写真どこでもメール(略してルスドコ)に進化した。撮った写真はいつでもアクセスして眺めることが出来る。IDさえ知らせれば誰でも見ることが出来る。
写真撮影が終わったのに彼女はまだ自動販売機の前にいる。もう用は済んだはずなのに。そして彼女が持ってきたのは暖かい缶コーヒーだった。
手に暖かい缶コーヒー。その暖かさを今運んでくれる彼女が誰なのか、鈍感な彼はまだその正体に気がついていない。
-2001/1/16