自らの考えを誰かに伝えたいと考えて文章を作成するとき、必ずメディアというものを使用します。メディア【media】は伝えたい人と受け取る人の間を仲介するものという意味になります。
新聞もラジオもテレビも雑誌も本もメディアです。最近はそこにネットが加わりました。ネットは文章や画像や音楽などを送ることが出来ますが、ここでは文章に重きを置いて考えてみることにします。
文章のみを使って誰かに意志を伝えたいと考えたとき、特にホームページで障害なく伝えようとすればどういう事柄がキーワードに成るのでしょうか?以下に思いつくまま並べてみました。
- 現場から活字へ
遠い昔の偉い人は直接いろいろな人に語ったようです。風貌や語りの口調を間近にしながら、弟子達はそれを書き記し、やがてそれが翻訳され活字になって、さらに現代に伝わる本の著者の意志が込められて我々の接する書物になります。出来れば、直接その遠い昔の偉い人に聴いてみたいものですがそうもいきません。
- 自筆と活字
同じ現代に生き、同じ日本語を話すのであれば、直接話を聞いてみたいところです。ところが距離や時間の関係があってそうもいきません。せめて、自筆の文字を伝えたいと思っても自筆はイメージでしか伝えられず、それは画像であって、いくらブロードバンドの時代でも、サイトの容量制限や手間の関係でネットで使われる活字を通して伝えることになります。
- フォントと文字サイズの制限
それなら、せめて自分の意志を使うフォントやサイズによって表現しようと思っても、閲覧者にそのフォントが使えるとは限らず、さらに文字のサイズも、様々な事情を抱えた読み手にとっては標準サイズ、フォントの指定なしが理想的です。
- 色の制限
それなら文字に色をつけたくもなります。ところが同じページに様々な色を使えば賑やかすぎて、文章の内容以外の情報の方が強くなりすぎたり、閲覧者によって異なるディスプレイによっては、非常に見づらくなります。さらに、閲覧者が視覚障害者で有れば、さらに読みにくいページになります。
- 文章の長さの制限
ネットで書く文章はより簡潔であるべきだという主張にはいくつかの理由があるように思います。
- 重いディスプレイ
PCのディスプレイは本を読むように寝転がって手に持ってみるわけにはいきません。寝床にももってゆけず、さりとて別の部屋にも持ってゆこうにも重すぎて自由がききません。特にデスクトップパソコンの場合はディスプレイが目線より高い位置に有ることが多く疲れやすく、長時間の読み物には不向きです。
- 発光タイプと反射タイプの違い
紙に印刷された本は周りの光を受ける反射タイプで、ネットで使われるディスプレイはそれをセットで考えた場合、光をみずから発する発光タイプと言えます。これは周りが暗くても見えるという利点を持っていながら、周りの明るさとは関係なく光るためその明るさの違いが疲れを呼ぶことになります。
- 見え方が違うディスプレイ
書き手が使っているディスプレイで見える文章が意外にも読み手の使うディスプレイの違いから違った印象を与えたり、異常に見えにくくなったりします。
こうしたネットで使うディスプレイの不自由さは疲れを呼び、長い文章をより読みづらくしているに違い有りません。よっぽど中身が濃い文章を書いていたとしても、本より疲れやすいと考えた方がいいように思います。このため、疲れる前に読み終わるためにより簡潔な文章が求められることになります。
という趣旨で書き始めた文章がちょっと長くなってしまいました。
-2002/2/22
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