人は道を歩いて前に進もうとする。前方に石らしきものが落ちていることに気づいたとき、今の自分と過去の記憶をもつもう一人の自分が無意識のうちに会話を始める。「あの姿、形はたしかに石だ。」「そうか、それならよけた方がいいな。」「その方がいい。この前むしゃくしゃしていて蹴飛ばしたら足が痛かった。」「そうか、今回はよけることにしよう。」
本当に石であるかどうかを知るためにはその体積、比重、成分を知る必要があるが、たいていはそこまでやらず、過去の記憶に基づいてそれが何物であるかを想像し、足りない情報を補ってイメージが出来上がる。実は石の格好をした発砲スチロールだったのかも知れない。それなら蹴飛ばした方がよっぽど気持ちが良い。
ある時、異性から優しい言葉をかけられる。そうすると今の自分と過去の記憶を持つ自分が無意識のうちに会話を始める。「あの優しい言葉はどこかで聞いたことがある。」「いや正確に言うと聞いたことがあるのではなく、自分が待ち続けて暗唱するくらい繰り返した言葉だ。」「そうか、そうするとやっと待っていた人に出会えたのか?」
与えられたわずかな情報の足りない部分を補う作業が一瞬の内に済んでしまう。やがて恋をしていることに気がつく。そしてそれは発展することもあるし、途中でしぼんでしまうこともある。次に与えられる情報が期待通りならイメージは膨らみ続ける。しかし、相手の全てを理解したわけじゃない。大部分は自分で補ったイメージだ。
念願かなって結婚までたどり着くことがある。そして結婚生活が始まる。最初の内はのぼせた状態だからよく分からない。それでも次第に自分が描いてきたイメージと実際とを比較する作業がまた無意識のうちに進んでいく。イメージが違うことが解ってくると「ちょっと違う。」と意識するようになる。
結婚生活とは相手に対して自分が作り上げたイメージと現実をどう解釈するという闘いなのかもしれない。イメージとの違いをどう解釈するかは人によって違う。その時もやはり、無意識のうちに今の自分と過去の記憶をもつ自分とが会話を繰り返すことになる。
それはきっと相手も同じ事をやっているに違いない。恋愛のときは自分の待っている言葉を捜せば良かった。でも結婚したら相手の待っている言葉を捜さなければならないのかもしれない。
-2001/5/25
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