プラトニックラブと言えば、欲情を伴わない純な恋のことを指しますが、これは本当に純な心から生まれた恋なのでしょうか?
この”プラトニックラブ”という言葉ですが、英語でしょうか?それとも和製英語でしょうか?その英語と推測される
”platonic love”で検索してみると、トップには日本語のサイトが登場します。しかし、ちゃんと英語圏のサイトも登場します。このことから、「プラトニックラブは、元々は英語圏からやってきて日本人にも親しまれている言葉」、と言えそうです。
検索に引っかかった
百科事典サイト”Wikipedia”にブリタニカ百科事典からの引用がありました。それによると、英語で言うPlatonic Loveも、その意味するところは殆ど日本に伝わっていることと同じようで、その言葉は1636年にウィリアムデビナントによる”Platonic
Lovers(プラトニックな恋人たち)”からきているようです。ちなみに1636年と言えば、日本は江戸時代の初期で、三代将軍家光が奉書船以外の海外渡航を禁止し長崎に出島を築き始めた1634年の二年後にあたります。
この『プラトニックな恋人たち』と題する悲喜劇は、紀元前427年に生まれ、『ソクラテスの弁明』などの著作で知られるプラトンの『イデア』をテーマにしているようです。プラトニックにはプラトンらしい考え方の、という意味がありますが、そのプラトンらしさを知るためには彼が唱えた『イデア』を知る必要がある、ということになるようです。このイデアというのは何なのでしょうか?
大辞林第二版には、”個々の事物をそのものたらしめている根拠である真の実在”、と説明されています。これだけでは何のことだかさっぱりわかりませんが、たとえば、きれいな花なら、その花のことを指すのではなく、美しいという価値の方を指すようなのです。恋には相手、つまり恋人がつきものですが、イデアは恋人のことを指すわけではなく、人を酔わせる”恋”という価値そのものを指しています。
仮にプラトンが恋をしたとすると、彼は目の前に存在し触れることができる恋人より、姿の見えない”恋”という名の価値を大事にした、はずです。プラトニックラブが嫌がられるとしたら、その理由はまさにこの部分です。現実の恋人より、恋という概念そのものの方を大事にする、ということになるため、生身の人間には耐えられません。
しかしそれにしても、なぜプラトンはこのようなデアを唱え始めたのでしょうか?
それは当時のギリシャには争いが絶えなかったからではないか、と思います。昨日の王が明日には落ちぶれて乞食になったり、首をはねられたりする時代です。変化の激しい時代には、変わらぬ価値を求めるのが人情というものです。プラトンはその変わらぬ価値を後世に伝えるために、後にアカデミーの語源となったアカデミアという名の学校を創っています。
しかしそんなプラトンの気持ちをよそに、恋人たちは今もなお、明日には情熱が冷めて消えてしまうかも知れない恋に一喜一憂しながら、闘いを続けているのです。
-2004/4/29
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