女は男の男は女の理想の人との出会いを求め続け、出会いと別れを繰り返しています。出会って好意を持ちそれ以上燃え上がらない恋はやがて消え行き別れがやって来ます。
考えてみれば好きになるのも不思議だしなぜその恋に終わりが来るのか不思議な気がします。どんな鍋にもそれに合う蓋があると言われながらそのもう一対がどこにいるのかも分からずただ探し続ける自分の意志に逆らうことは出来ません。
好きになる人はおそらく自分が無意識に描いている理想の人に近い人なのだろうと思います。その理想の人はどうやってこころの中で作られていくのでしょうか?編者なりに考えてみました。
一つ目は実際に自分が知るカップルや異性に抱いている感情だと思います。そうしたカップルは両親をはじめ多く存在しその姿を見ていくうちに自分だったらこんな人がいいという好ましい形が少しずつ出来上がっていきます。
二つ目は直接ではなくテレビや映画などのメディアから入ってくるカップルや異性に関して抱く感情です。これもまた繰り返し、繰り返し目にすることになり、身近な情報で出来上がって来た理想像と映画やテレビを通じて得た情報の一致する部分は多く取り込まれながらまた新たな理想の人へと変化して行きます。身近な人に好ましい人が見つからないとこの部分のみが強調されることになります。
しかし出来上がった理想像が本当に理想的かどうかは誰も保証してくれません。そんなことはお構い無しに”理想像”が心の中のある特定の場所に作られていきます。それを正しく意識できるとは限りません。
三つ目は自分自身の恋愛経験によってもたらされる感情です。それまで好きだと思っていた人が付き合ってみたらとんでも無くひどい人だったという経験をすると最初に惹かれた理由が理想像の中から差し引かれ、また新しい理想像へと変化していきます。
テレビで見た憧れの人に似た人と付き合ってみたら全く相性が合わず嫌になって別れた場合、次に出会うときにまた似たような人を好きになることはできても、そういう自分を受け入れることは難しいことです。好ましいことを連想させる特徴が集まり理想像が出来上がっていくのだろうと思います。
テレビや映画の情報は皆と同じようなものでも身近な環境や経験が違うためにやっとのことでそれぞれ違った理想の人が出来上がり、一人の異性を求めて争うことも少なくなるものと思います。
逆に環境や経験が似通った気の合う同性の友人の場合、一人の異性を求めて三角関係になりやすいということになります。
好きになった後でどうして好きになったのか頭で考えようとしますがそれは自分で意識したい部分にしか気づきません。多くの複雑な理由から成り立つ恋愛という感情は理屈では説明がつかぬまま出会いと別れを繰り返します。いつ最後の人に出会う日が来るかを知る人はおらず、ただその時に「この人だ」と感じ取るのだろうと思います。
-2001/2/8
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