作成: 2001年(平成13年)1月27日
更新: 2001年(平成13年)1月28日
女性は男性の情熱がすべて自分に注がれることを期待し、男性は女性のやさしさが母親のように尽きない愛情だと勘違いして恋に落ち、やがて騙されたのかと思ってすれ違いが始まります。
男は本能的に鉄砲玉のように求めるときだけ女を欲しがり、満たされた後はどこかへ姿を消すことを望んでいます。しかも生理的に一人の女に専念することを苦手にしています。それは倫理的に正しいかどうかというよりそうした性質を持っているとしか言いようがありません。このため男が求めるところと安定を望む社会が求めるところとの間には大きなずれがあります。そうした性質を持つ男をおとなしくさせているのは理性という感情とは相容れないもの。だから飛び出そうとする気持ちを必死で理性が止めようとします。これによって理性が鍛えらます。だから浮気をしない人は性質が無くなった訳ではなく抑え続けているだけに過ぎないと思ったほうがいいでしょう。
そんな男をつかまえて離さないようにするには男が勝手に女性に母性を求める部分をくすぐるのが良いと思います。母性は見返りを求めず、尽きることのない愛情を注ぎます。それは暖かく、また帰りたいという感情が外へ飛び出したいという性質さえ抑え込むほどの力を持っています。しかし、女は母親ではありません。女性の男性に対する愛情は無償でもありません。無償で愛情を注げる母親より強くは無いから注いだ愛情が自分を守ってくれるという形になって帰ってこないと注ぎ続けるのは難しいことです。だから母親が男にしてくれるようなことを女が代わって行うときそれは心やさしい女性に見えながら母親を真似ていることになります。これは結果的に騙している(母親のように尽きない愛情を注いでくれる人だと思わせる)と言われても仕方がありません。ただ、女性が自分は母親ではないから続けることには努力が必要になるときがあると気がつけば、男を引き止めることができるかもしれません。なにしろこの方法は大抵の男達に効果があるからです。
男が何かに希望を見出し動くとき女性はその男に女性に良く見えるオーラのようなものを発するようです。その正体を知らぬまま、女性は恋に落ちることもしばしばだと思います。それは自分の好奇心と安定のいずれをも満足させてくれると本能的に感じるのかもしれません。だから男が女性を求めるのなら女性そのものを求めるより、何か他のものに情熱を注ぐのが良いと思います。しかしそれはご存知の通り、これで女性をひきつけることに成功しても必ずしも女性に幸福をもたらすものではないことから、ある意味で女性を騙していることにもなります。
ただの勘違いだったと後で気がつくより、今から知っていても損はありません。仕事に出掛ける男を笑顔で送り出すことはその母親は本能的に可能でも女性がそれを続けるのは難しいことです。それは本能ではないから、男のちょっとした態度の変化でその些細でありながら大事な儀式が終わってしまいます。母性に惹かれたかもしれない男は女の母性が消えうせたと思い、もはや暖かくなくなったところだと考えて本来の性質が姿を現し、別の場所にその暖かさを求めはじめます。
男は外にいくら情熱を注いでもそれが共に暮らす女性のところへもその一部でも意識して注ぐのでなければそのうち騙されたと相手に気がつかせることになります。外に居る女性は男の情熱に惹かれても共に暮らす人にはその情熱は次第に伝わらなくなります。そして勘違いだったことに気が付きます。そのしっぺ返しを食らうのは両方です。
大抵の人は騙すつもりなど毛頭なく、ただ幸せになりたいと願うのみです。だから罪の意識があろうはずもなく、それがために罪滅ぼしもしようともしません。二人の仲がうまくいかなくなったとき、開き直おりたくなるのは人情でも結果的にお互いが騙されていたことに気づいても悪者はどこにもいません。そのとき自分の身の潔白を主張しても意味はありません。騙したことを認めるのは嫌でも、まだ愛情が冷めていないのなら、犯した気がしない罪を認めて罪滅ぼしをするのが良いと思います。それは自然の法則を二人のための法則に変える方法です。
-2001/1/27-28
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