美というのは真実や善と同じように求めてもなかなか手に入らないものです。そのためか、それが何であれ、美しいものに触れたときには何とも言えない心地良い感情を呼び起こします。それを自分の中に見つけることが出来る人は幸せだろうと思います。なぜなら、得難い価値をすでに手に入れているという事になるからです。
美学が何を美しいと感じ取るかということを論じるという意味であるのなら、その受け取り方は人によって異なることになります。男の美学というのなら男にしかない価値を語るということになりますが、おそらくそれは女性を遠ざけて使う言葉ではなく、限りなく女性を意識しながら語ることであると思われます。それは女性を意識しなければ男であることもまた語ることが難しいと思うからです。
男の美学とは常に女性との関わりの中で男が取る行動の美しさを語ることであって、絶対的な価値を持ち、しかもそれは何とも心地よく感じることができる行為です。
おそらく男の美学は本気で好きになった女性に対して取る行動の中に現れるのでしょう。本気で好きになった女性に対して取る男の行為は必ずしも優しくもなく、しかし間違いなくその女性の幸せを願って取る行為です。
そんな美学を大事にする男なら、女性に振られたら潔(いさぎよ)く立ち去る方を選ぶでしょう。逆に好意を持たれていても、自分がその人にとってふさわしくない男だと考えれば、自ら立ち去さる方を選ぶでしょう。男の美学は去り際にその美しさが最も光るのでは無いかと考えます。もちろん、運が良ければうまくゆくことになりますが、この場合は美学を意識することは少ないだろうと思います。
こう考えると男が”男の美学”を大事にすることは男にとっても女にとっても損は無いと考えることができます。しかし、これは当然なのかも知れません。なぜなら”男の美学”とは男としての感性に正直に生きることを潔しとすることではないかと思うからです。
-2001/12/2
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