なかなか結婚しようとしない独身男に向かって、親や親戚は良くこんなことを言ったものです。「男は結婚して妻子を養うようじゃないと一人前じゃない。」遙か昔のギリシャの哲学者も”自立”して一人前になることについてのパラドックスについて考察しています。
昔のギリシャ人なら親から離れて自立し、”奴隷”を持ているような人にならなきゃならなかったわけです。ところが、奴隷を持てば身の周りの世話をしてもらうことになり、奴隷に依存して生きることになるからとても自立してるとは言えません。
現在に戻って男が結婚して一人前になるという話も、実は自分の息子に”一人前”になってもらうことが目的であるというより、「速く孫の顔が見たいから」というのが本音ではないかとさえ思えます。
独身時代には身の回りのことを自分でやっていた男でも、結婚すると家事をやらなくなり妻に頼り、ついには自分の下着がどこにあるのかさえ分からなくなってしまう人が多く、いつからか妻なくしては生きられない半人前の男に成り下がってしまうわけです。ところが”自分は家族を養っている”などという、さも自立した人間であるかのような錯覚を与えてしまうわけです。
しかし一人の人間としては自立を望みながらも、お互いを頼りにしながら生きてゆきたいという、自立と依存の相反する関係を双方に求めてしまうのが男女の関係のパラドックスでしょうか。それはもちろんお互いに依存し合うことが無ければ、有性生殖によって生命が受け継がれる人間の未来は絶たれてしまうわけで、もちろん他の生物でも同じことが言えることになります。
ただ、人間はその矛盾に気がついて右往左往するところが他の生物と違うところなのだろうと思います。
-2002/7/14
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