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日本人に癒しの場所はあるのか?


 仕事や勉強で疲れたときにそれを癒して精神的・肉体的に新たな力を盛り返すための遊びや娯楽がレクリエーション(Re-Creation)だと大辞林第二版には書かれています。ところがこれはRecreationという言葉が生まれた国での話です。もし日本語に適当な訳があればそのままカタカナにはなっていなかったはずです。言葉が文化だとすれば日本にはレクリエーションの文化は無かったということになります。今はあるのでしょうか?

 忙しく飛び回る旅行が終われば「やっぱり家が一番良い。」などと言ったりします。聞く側もどちらかと言えば「混んでいて大変だった。」という話を共感しながら聞きたがります。まるで苦行を終えた修行僧のようでもあります。カラオケでは上手く歌おうと涙ぐましい練習をする人もいます。「上手くなったね。」という一言が欲しいのか、上手く歌うことでもてたいのかそこまでは分かりません。あまりに一生懸命すぎて癒されているとも思えません。

 宗教から生きる道を学ぶことの少ない日本人のより所は共感であり、集団の中にいて安心感を得ることなのかも知れません。新たな創造(creation)を生み出すのに必要な個性を主張して独自の行動を取ることは集団の和を尊ぶときに邪魔なものとなりがちです。

 定年を過ぎた人は何らかの生き甲斐を得ようとして働き続けたいと考えるのも日本人に多いようです。退職を意味するRetireは疲れを伴う仕事から解放されることを意味するとも言われ、欧米では喜ばしきこと、日本ではどちらかと言えば寂しいという印象があります。

 新たな力を盛り返すつもりでやっていることが実は新たなストレスを生んでいるとすれば、それは皆と同じことをしていたのではいつまで経ってもそこから抜け出せないということになると思います。しかし皆と同じ行動を取らないと不安を感じる。バスに乗りれるのが怖い。それは乗り遅れたときに自分を支える集団を失うせいなのかも知れません。だとすればその集団から精神的に独立しない限りどこへ行こうと癒しはあり得ないということになります。

 -2001/2/22



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