緊張しているときにそれが何かのきっかけで緩(ゆる)むと笑いが起きる。笑いを提供するエンターテナーはそのコツを知っていて漫才や落語、漫談などに応用し、人に笑いを与えて世の中の役に立っている。
しかし、個人的な緊張が解けたときは忘れ物をして、電車の中に傘や荷物を忘れてしまったりする。これは結構困りものだが忘れる物によってはたいしたことでもない。
このように状況が急に変化したときに一番困るのはパニックを引き起こしてしまうこと。良く言われるパニック障害は人が異常事態に備えて体を適用とさせようとする働きが、非常事態ではないときに起きてしまうので、逆に本人にとってはそのこと自体が非常事態になり、人によっては電車に乗れなくなったり、息が苦しくなって、動けなくなってしまうことがあるらしい。
このコラムで扱おうとしているのはそのパニック障害ではなく、普通の人に現れるパニック状態。状況が急に変化したときにその症状が現れる例はいくつかあげることが出来る。
戦前にはABCD包囲網によってエネルギーが断たれ、日本は勝ち目のない戦争に向かわざるを得なくなったと主張する人もいる。
戦争が終わって平和になって、エネルギーに困らなくなっていたときに、油が来なくなるという報道がされたとき、油とは関係のないトイレットペーパーまで買い占められて、トイレットペーパーが店から姿を消したこともある。
これまで余っているばかり思っていたコメが足りないと報道されたとき、日本の美味しい米を求めて奔走する人が多かった。
狂牛病の牛が見つかったとなると今度は安全な牛肉まで食べようとはしない。それでも日本には鶏肉や豚肉や魚など食べ物には困らないからパニックにはなっていない。
豊かな四季を感じ取ることが当たり前だと思ってきた日本人は冬の状態が長く続くと知らない間にうつ状態になってしまう。そのうち景気も良くなるだろうと思っていたのに良くならないとどうしたらよいのか分からなくなって、いつまでたっても景気は良くならない。
これまで最後まで自分を雇ってくれると思っていた会社で容赦なくリストラが行われるようになったことも、安心な状態が失われて変化したことに相当し、その変化がうまく進まないとパニックを起こして何をやったらよいのか分からなくなる。
これから起きるのではないかと考えれれるのは、いつも便利に使っていて、それを使うのが当たり前だと考えるようになったとき、それが使えなくなると慌てる。以前は無かった物だから無くなっても困らないはずなのに、便利さに油断してしまうから、次のパニックを起こす素地ができあがる。
従って、失う物が何も無い人は強い。自給自足で暮らしている人も強い。自分で考えながら生きている人も強い。周りからちやほやされることもなく暮らしている人も強い。人に褒められることより、人を褒めて暮らしている人も強い。ローンが無い人も強い。
しかし、そんなに強く生きられる人は少ないから、国や地域がその個人を守るようなしくみがどうしても必要になってくる。そのしくみがいつになったら出来上がるのか見通しが立たないと嫌になる。しかし、これは日本がはじめて経験する長い冬なのだと思う。
-2001/10/27
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