遠い昔の休みの日の午後、従兄弟の家に立ち寄り中に入ったとき、土間と板間の台所の間の登り口に、どんぶりが一つ置かれていました。かぐわしき匂いに引き寄せられてどんぶりに近づくと、台所の奥の方から叔母さんが現れ、笑いながら「食べなさい。」と言ってくれるではありませんか・・・。
突然訪れた自分のために作ってくれたとはどう考えても思えないこのどんぶりの中の料理。叔母さんがラーメンと呼んでいたこの料理は、きっと誰か別の人が食べる予定だったに違いない。ここは遠慮すべきではないのか、との思いが頭をよぎったもののかぐわしき匂いにうち消されて戴いてしまうことにしました。
登り口に座り玄関の引き戸の方を眺めながら、”もしかしたら食べる予定だった人が帰ってくるかも知れない。そうしたらその人に何と言おうか”、などと考えながら、どんぶりの中の麺料理を味わいました。
それは衝撃的に旨く、叔母さんにお礼を言って従兄弟の家を出た後も、家に帰ってからそのラーメンをご馳走になったことと旨かったことを繰り返し話したものです。そのラーメンが当時噂になっていたチキンラーメンだったことは後で知りました。
今でもチキンラーメンのパッケージを見ると、不思議に懐かしさと同時に新鮮さを感じます。チキンラーメンが生まれてから今年で47年にもなろうというのに、なぜ新鮮さを感じるのでしょうか?
それはきっと、チキンラーメン発明者のメッセージを受け取っているからに違いありません。パッケージを見ると、「簡単に調理できるのに旨いだろ。これが俺が初めて作ったチキンラーメンだよ」、と言われているような気がするわけです。
―こんなメッセージが脳をくすぐりチキンラーメンを旨くしている―料理の味が脳で統合されることを考えれば当然なのかも知れません。
しかしそれにしてもあのときのチキンラーメンは誰が食べるはずだったのか、謎のままです。
-2005/1/13
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