今日も外を歩いたら地獄のように暑かった。雲一つ無く晴れてさわやかそうに見える青い空もこのときばかりは味方をしてくれない。こんな日に海に潜れば涼しいに違いない。どこからともなくぶくぶくという音がおそらく酸素を多く含んでいるであろう泡の上昇と共に聞こえてくるようだ。
海中は息が出来ないことを除けば涼しくて気持ちが良い。すこしばかり潜った浅い海中でも、しばらくじっとしていると小さな魚たちがやってくる。彼らはあるいは彼女たちはただやってくるだけじゃない。
小さい魚ほど群れをなしている。そして海中の小さな変化に敏感に、しかも同時に反応してみせる。そのとき、海中に降り注いだ陽光を反射してきらりと背中を光らせる。これは小魚の固まりがあたかも一つの巨大な魚であるかのようにみせるための知恵だ。
ところが人間達はこの魚の生態を十分に承知している。小魚たちが演じる見事なマスゲームを、巨大な魚だと錯覚してしっぽを巻いて逃げるどころか、網を投げてまさに一網打尽にしてしまう。本当に人間という動物は賢くて油断がならない。

干物(ひもの)が美味しいカマスという魚も大群をなして移動する。彼らは濁った海流を好むという。濁っていれば、敵に見つかりにくい。ところが、そんなカマスの生態もまた人間達はよく承知している。陸から海を眺めてその大群を発見するやいなや、周囲の男達が仕事をしていようがいまいがお構いなしにカマスがやってきたと告げて回る。
これは一大事だとばかりに男達は船に乗り込みそのカマスの大群に向かって網を投げて持ち帰る。哀れ人間達の獲物になったカマスは、それぞれが持ち寄ったバケツに入れられ各家庭に配られる。これはカマスがやってくる海の近くではよくある風景だ。
好物のカマスの干物を食べるたびにこんな風景が頭をよぎる。そして、マスゲームはそれを観て巨大なものを連想する人に対してのみ効果があるということも考える。さもなければ、逆にやられてしまうからだ。
-2002/7/20
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