生徒にいやらしいことをやってそれがバレ、処分を受ける先生のニュースが増えているように感じます。聞いたところによると、実際その件数はこの10年で倍近くになっている、とも言われていますが、本当なのでしょうか?そしてその原因は何なのでしょうか?
実際そういう先生が増えているのかどうかについてはかなり疑問があると考えています。増えているという印象や数字は以下の要因で変わってしまうからです。
- 訴える被害者が増えた
- マスコミが多く取り上げるようになった
- ネットが普及し学校側が隠しきれなくなった
わいせつ容疑で次から次に先生たちが逮捕されてゆくたびに、”おそらく手が先に動いてしまったのだろうなあ”、とか”無我の境地にあったのではないだろうか”、と考えたりします。我を忘れられる瞬間はしあわせではありますが、方向を間違うと悲劇が待っています。逮捕されれば当然学校も首になり、奥さんとか子供とか親がいたりすれば、なおさらそれはとんでもなく、失うものが多いことに気がつくはずです。
先に生まれた先生たちが大恥までかいて、わいせつ行為がいかに割に合わないかを身をもって証明しているにもかかわらず、なぜその教訓は残された先生たちに活かされないのでしょうか?
それは、”学校に隠微な罠が仕組まれているからではないか”、と考えています。学校は心理的に閉ざされた空間をなしているため、秘め事を誘発しやすい、という考え方です。もともと子供好きな人たちが引き寄せられるように教師という職業を選び、職場となる学校の閉鎖性が、そうした先生たちの愛情表現をゆがめている、と考えます。
閉鎖性を象徴的に示してるのが靴箱の存在だろうと思います。靴を上履きに履き替えるための、あの靴箱です。もっぱら純和風だった日本ですが、1920年代くらいから徐々に靴のまま部屋に入る西洋風のライフスタイルが取り入れられたのだそうです。ところが、小学校と中学校だけは、どういうわけだか、いまだに靴箱が残っています。
ご存じのように、コンビニにもスーパーにも、デパートにも百円ショップにも、郵便局にも銀行にも靴を上履きに履き替えるところはありません。靴箱があるのはくつろいで騒ぐための飲み屋、そして湯につかるための旅館や銭湯。いずれも外の世界のわずららわしさを忘れ原始の自分を取り戻すための場所です。
外界から遮断(しゃだん)されることでくつろぎ過ぎて我を忘れ、生徒が芸者に見えてしまわないようにするために、靴箱を無くして心理的な壁を取り去る方が良い、と考えます。
-2003/10/31
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