まるで大人になった証拠を見せびらかすかのように、「もっと勉強しておけば良かった」と後悔してみせる大人は多いのです。おそらく、仕事や人付き合いのなかで、習ったはずのことを思い出せず、あるいははじめから覚えてもおらず、悔しい思いに地団駄を踏んだのかもしれません。
しかし、問題はこれから先です。”もっと勉強しておけば良かった”と痛感したあとにどうするかです。どうも、三つのタイプに分かれるように思います。
タイプその一は、勉強不足を思い知らされたはずなのに、相変わらず勉強しようとしないタイプです。このタイプは多い、というより普通なのかもしれません。勉強嫌いが突然勉強好きになるとは思えないからです。
タイプその二は、このままではいけない、と勉強に目覚めるタイプです。大人になって、動機付けがされて、やっとその気になったという訳です。
タイプその三も、このままではいけない、とやはり勉強に目覚めるタイプです。しかし、勉強するのは自分ではなく、自分の子供です。
それにしても、本当に「勉強しておけば良かった」のでしょうか?
プラトンの弟子アリストテレスによれば、学問は暇人達が暇つぶしのために始めたらしいのです(スクールの原義は暇つぶし)。ゲームやパズルのようなものです。しかも西洋では、いわゆる学校ができたのは、工場で働く子供達が、工場が休みの時に暇を持てあましていたずらをしないようにするために、一カ所に閉じこめておくためだったらしいのです。
そんな不純な動機で始まった勉強を、やりたくもない自分が無理矢理やっていたらどうなるのでしょうか?
きっと性格が歪んでしまったでしょう。あるいはそれを防ぐために、無意識のメカニズムが働いて、不登校になっていたかも知れません。少なくとも、今の自分は無かったはずなのです。
-2006/3/4
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