快適な部屋。それは手を伸ばせば好きなCDに手が届き、テレビやエアコンのリモコンや電話も同じく手の届く範囲にあり、疲れたら眠るベッドやくつろげるソファーが傍にあり、さらに腹が減れば後ろに冷蔵庫と電子レンジがあったりする、こんな部屋に外から入ってきたとき、その景色がおぞましくなく快であれば、模様替えもなく長続きしそうです。
快適な都市。それはかつて文明が栄えた都市がそうであったように、木材という燃料を供給する森があり、その燃料を運ぶ川があり、さらに肥沃な土地で獲れた穀物があれば、そこに人が集りますます文明は栄えます。人が求めるものが程良いところに集まっていることが条件で、人が集まりすぎて森が荒れ燃料がつきるとその文明も終わります。
快適な国。それは17世紀のオランダがそうであったように、原材料を積み降ろしする港があり、その原材料で製品を作る工場があり、船を造る造船所があり、そうした産業に資金を提供する金融機関があり、さらにそこに人が集まるなど、その国に必要なものが集まっていることがその国の活動を盛んにする条件と言えそうです。
快適な住まい。それは建物だけではなく、仕事場や学校や病院、日常の買い物をするスーパーやコンビニ、これらが程良く近くにあれば快適です。近すぎても困るし、遠すぎても困ります。したがって、これらの条件を満足するためには街にある程度の人口密度が必要で、徒歩や自転車でゆける距離にこれらの機能が集まっていれば、その街も寂れず住まいも快適であり続ける、と言えそうです。
ところが、現状が良ければそれで良いかというとそういうわけにはゆきません。なぜなら、人間は時間的な存在だからです。つまり、人は今居るところだけではなく、頭の中で想像する未来の住まいにも住んでいて、そこの住み心地もまた味わっているからです。逆に言うと、多少現状に不満があっても、将来に期待や希望があればそれらはうち消されて気にならなくなる、と言えます。
自分にとっての快適な住まいは、これから自分は何をしたいのか、これが鍵になりそうです。
-2004/4/10
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