これまでに、この人は英顔が上手い、と思った人はたいてい外資比率の高い企業に勤めている人、あるいはその経験のある人でした。英語能力試験のTOEIC(トーイック)で700点台を取れる人たちです。外資比率が高い企業というのはたとえば日本○○○と名前がついた外資100パーセントの企業です。
一度そんな企業のイベントに参加したことがあるんですが、内部での打ち合わせは何事もなかったかのように英語で行われていました。実際のところ、英語が解らなければ仕事になりません。自分の実力では話にならない、と思い知らされた筆者は、二回目以降の参加を見送ったくらいです。
日本で生まれて日本で教育を受けた人が英語をツールとして使いこなせるとしたら、それはただ才能に恵まれたから、という生やさしいものではない、と思います。彼らはたいてい英語を使わざるを得ない環境に放り込まれたか、あるいは果敢にも自ら進んでそんな環境に身を投じた人たちです。
それならば日本で受けた文法英語は役に立たないのか、というとそうでもないと思います。勤め先の先輩からこんな話を聞いた事があります。先輩は同期入社の人と二年間ほどニューヨークの事務所に駐在したことがあるそうですが、最初は二人とも話せなかったそうです。
ところが二年後に駐在が終わって日本に帰る頃には英語の実力に大きな差が出きていました。先輩は聞き取れるようにはなったものの、英語をきれいに話したり書いたりする能力は身に付かなかったそうです。一方もう一人の同期は、すっかり出来る人になっていました。
その違いは、日本で学んでいた文法力の違いではないか、と分析していました。英語の文法という骨組みが出来ていたために、二年間の駐在期間にその骨組みに肉付けがされて実力がついたというのです。日本の英語教育もばかにできません。
以上は機会に恵まれた人たちの話ですが、筆者を含む大部分の日本人は、そんな機会が無かったり、あっても中途半端だったりします。しかしあきらめてはいけません。
どんな人にもつぶさなければならない暇はあるはずです。暇になるとその暇をつぶしたくなるのはどうしてなのでしょうか?それはそのままでは不安になるからだろうと思います。不安は、身を守るために情報収集活動をせよ、との潜在意識からの指令です。今の時代、情報収集をするためには日本語だけでは不十分です。
我々の大部分は、もうすでに英語をツールとして使わざるを得ない状況に放り込まれている、と言わざるを得ません。そうした環境に放り込まれた上で、必要な情報を英語でも仕入れれば、英語が嫌でも上達することはすでに話したとおりです。
-2005/2/27
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