長いこと勉強しているのにちっとも使えるようにならないとよく言われるのが英語です。編者もその例に漏れず長いこと勉強を続けました。学校を卒業してから英検を受けたり、難解と呼ばれる雑誌を購読し続けたり、そのうち出張の機会があってしゃべらざるを得ない立場に追い込まれ、その度にもっと勉強しておけば良かったと人並みのことを考えました。
たしかに必要がないと上達はむずかしいようです。海外での滞在が半年から数年に及ぶとしゃべれるようになって帰ってきます。編者はそこまで滞在が長くなかったため非常に中途半端です。最近は英語の勉強は殆どやっていません。その理由は二つあるように思います。
英語学習者なら知らない人はいないその雑誌(TIME)が取り上げている内容は多岐に渡り、最近の遺伝子研究の動きから、戦争状態にある地域からの報告など興味深い話題を取り上げています。日曜日の午前中は辞書を片手に翻訳を試みたことがありました。内容の理解が進むにつれて悲惨な人々の状況を知ることになり、せっかくの休みが暗くなった程です。それは欧州の国境地帯で兄妹で売春宿をやっている人達の話でした。
さらに仕事を進める中で嫌と言うほど味わった聞き取れないことの悲しさ。これまでの自分の勉強は何だったのだろうかと疑問が湧き、それから次第に勉強しなくなりました。英語がツールなら使えなければ意味が無いように思えたからです。
でも最近、時々ラジオの英会話を普通の放送を聞くような感覚で聞いたりしています。それは英語の持つリズムが心地よく耳に響く上に英語圏の人達の考え方を知ることが出来るからです。そのとき思ったのは英語を手段とだけ考えるのはもったいないということでした。
これから英語圏の人と話すことがあろうが無かろうが、そんな機会を望むならそれも良し。英語はやっていること自体が面白いということを思い出して、答えを得たような気がします。
-2001/6/9
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