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幼児虐待と母性について


 このコラムは今月21日に取り上げたものを書き直したものです。事の重大さに比べ扱いが浅かったと反省しています。当サイトでも幼児虐待という重い話題は出来るだけ取り上げずに避けて通りたいところです。その方がより楽しそうなサイトになるからです。しかし、この問題は母親にとっては母性の問題でもありますが、対人関係、自己との闘い、そして幸せとは何かという根本的な問題が絡んでいると思っています。

 そして夫にとっては母親なら子供をかわいがるのは当たり前だという常識を覆されたような衝撃を受けます。子供にとっては母なる大地が揺らぐような重大事件です。最近こうした問題がマスコミで多く取り上げられるのは、関心が向いているからだけではないようです。実際その件数は増え続けています。

 今年の6月に行われた厚生労働省の児童相談所における児童虐待相談等の状況に寄れば、相談件数は以下のように急増しています。

■児童虐待相談処理件数

 平成 5年度: 1,611件
 平成 9年度: 5、352件
 平成10年度: 6,932件
 平成11年度:11,631件
 平成12年度:18,804件(*1)

(*1: 平成12年度より処理件数から受け付け件数に変わったため処理件数はこの数より1000件ほど少ないとされています。)

 旧厚生省のさらにさかのぼったデータによると平成5年以前はあまり処理件数に変化が見られません。それまでは増えも減りもしない時期が続いていたのでは無いかと想像できます。また、上と同じ状況報告によると虐待の6割は実の母親から受けているとされています。これは信じがたいことですが、現実です。

 バブルの絶頂期には相談件数は増えも減りもしなかったのに比べ不況が長引くに連れ相談件数が増えています。同じ報告で実は虐待を受ける子供は幼児や小学生が一番多くなっています。これは何を意味しているのでしょうか?

 容易に想像できるのは結婚前と結婚後に子供を産んでからの落差です。結婚前はまだ景気も良く、ブランド物を競って買っては海外旅行に出掛けて円高を謳歌していた時代です。景気は悪くなっても結婚して子供を産めば子供は可愛いに違いない。天使の笑顔を自分に向けてくれるから自分は幸せになれるに違いないと考えても不思議ではありません。

 ところが今も昔も子育ては楽ではありません。夫の方でさえたまには夜中に起こされて夜泣きにつきあったり、熱を出しては慌てるという時期が続きます。今は子供は一人か二人しか産まない時代、それなら二桁の子供さえ産んできた自分の母親や祖母達の世代はどうやっていたのでしょうか?

 幸か不幸か子供と母親が二人だけで向き合う時間は少なかったように思います。つねに誰か第三者がいて自分を客観的に見ることが出来る環境がありました。子供が多いと上の子供が下の子供の子守をします。上の子供が居なければ隣の子供が子守をしていました。熱が出てもちょっとくらいの熱なら医者には行きません。夜は疲れて目が覚めない親も居たのでは無いでしょうか?子供は泣いたまま放置され、やがて泣き疲れて眠ることを泣き寝入りと呼ぶ人の言葉を聞いたことがあります。

 親にとっては残念な位に親は無くても子は育ってしまいます。今は子供が少なく、代わりに子守をしてくれる近所の子供もおらず、いわんや子守の出来る上の子供もいません。今は必要以上に母親と子供が一対一で向き合っている時間が長いように思います。そして虐待も多くはその一対一で向き合っているときに起きているようです。

 今後もこうした少子化や核家族の状況が変わらないとすれば、今、生まれた子供と格闘している母親達やこれから良き母でありたいと願う女性達はどうしたらよいのでしょうか?

 もちろん具体的な解決策を持っているわけではありませんが、編者が小さいときに農作業で忙しく働くおばさんが、木陰で休ませている赤ん坊が泣いていると、赤ん坊のいる木陰に行っておっぱいを与えている姿を何度も見たことがあります。この時のおばさんにとっては赤ん坊の泣き声は木陰で母乳を与える自分にとっての休息の始まりを意味していたわけです。これは泣き声が好ましく感じる瞬間でもあると思います。

 今の母親にとっては赤ん坊の泣き声やいうことを聞かない子供の姿は母親としての自分が良き母では無いからだという風に感じられるようです。これは可愛いはずの子供が憎らしく思える瞬間です。母性を持っている母親がなぜこんな風に感じてしまうのだろうかと自己矛盾に悩んでなおさらイライラして自分自身ではどうにも出来なくなるのではないかと思います。この状況では母性が育ちにくいのではないかと考えています。

 泣く赤ん坊やいうことを聞かない子供は、その方法以外には自分の意志を伝えられない未成熟な人間です。そんな姿を好ましいと感じる余裕がもてるような環境を作るか、自分ではどうにもならなければ誰かに訴えるしか有りません。

 夫に訴える場合も、夫が男として生まれてきたことの意味に気づいて父性を呼び覚ますくらいに、真剣に訴える必要があると思います。人に救いを求めるなら自分の行為や思いを洗いざらい話すしか有りません。そこでは必死に訴える価値があると思うし、夫としても結果的にうまく行かなかったにしても、男としてあらゆる手段を使って、力を尽くす価値があると考えます。なぜなら、家族は最も小さな社会だし、外の社会へ向かうための出発点であると同時に最終的なゴールであると思うからです。


-2001/11/24,25(更新)



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