何度も聞いたことがあるかも知れないこの言葉の通りに無理なく自分を動かすことが出来るでしょうか?『外で遊んで体を動かしたら、内で勉強しましょう。勉強は楽しくないかも知れませんが、心と体の健康のために”よく学びよく遊ぶ”ことが大切です。』
こうした言葉がおそらく善意から出発しているのだろうということは信じたいのですが、何だかうさんくさいのです。それは自分で考えた結果ではなく、誰かがこんなことを言っていたから、きっとそうだろうと、右から左に使い回されているためでは無いかと思います。
親も先生も自分の子供の頃のことは棚に上げて、右から左に誰かが言ったような言葉を発するとき、なんてつまらない人達だろうと子供達は感じるに違いありません。”よく学びよく遊べ”は以下のように言い換えたいところです。
「よく考え、よく遊べ」
学問そのものがかつての職業”お金持ち”の人達の遊びから出発したにも拘わらず、それを学ぶ今の勉強が”遊び”では無くなって、”苦役”や”我慢”や”ストレス”の素になっていて、まるで奴隷のように不自由な思想にとらわれているという気がします。
かつての職業”お金持ち”とは日本の古典における貴族であったり、著名な哲学者等が生まれた時代のギリシャ市民、あるいはその後の上流社会などです。家事は召使いや奴隷がやってくれるし、仕事は生計を立てるためではなく、名誉のためにやっていた身分の人々です。
この人達のなかに学問をして暇をつぶしていた人達がいたそうです。暇つぶしなので楽しくなければやりません。ところがやればやるほど奥が深くて面白いことに気が付きます。最初の学問は哲学だったそうですが、物事を筋道をたてて考えることから出発して、さまざまなジャンルの学問が生まれたとされています。
こうやって楽しみながら出来上がってきたはずの学問を勉強という形で学ぼうとするときは”暗記”という”苦役”が出現します。暗記もそのコツを覚えれば”苦役”から解放されるのでしょうが、そうで無ければ、たいていは退屈で苦痛です。
奴隷制度は廃止され、貴族制度も日本には残っていませんが、それに近い”身分”にいる人達が存在します。それは学生、専業主婦、年金生活が保証された健康な老人などです。ところがこの人達はあまり幸せそうではありません。なぜなのでしょうか?
貴族にあたる身分の人が存在するように奴隷にあたる身分の人も存在します。その人達は学生に対する先生、専業主婦に対する働いている主婦や夫、年金生活老人に対しては社会全体と考えることができます。
奴隷に相当する大部分の人々はきっと”貴族”が存在することが許せないのでしょう。勉強することも大変だから学生も大変だと思いたいのかもしれません。先生のなかには”勉強”を楽しんでもらっては困る、世の中はそんな楽しいことばかりじゃない、頑張って勉強することが世の中で生きてゆくために必要だ、と思っている人が多いのかも知れません。
専業主婦もその身分を羨ましいと思う人達によってその存在が脅かされています。PTAの役員にされたり、自治会の役を担当させられたり、”仕事”をしている忙しそうな人々にその役を押しつけられて、”不幸”を分けてもらい、平等になろうとしているかのようです。
心理的な奴隷の身分から解放されて、学ぶことが遊びになれば、”よく学び、よく遊べ”は”よく遊び、よく遊べ”になります。ところが、遊んでばかりいては身上(しんしょう)をつぶしていまうかもしれない、という不安から自由になれない自分にとっては論理の飛躍になります。
そこで、以下の言葉に落ち着きました。
”
よく考え、よく遊べ”
-2002/3/3
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