「恋愛論」や「赤と黒」で有名なフランスの小説家スタンダール【Stendhal(1783-1842)】の言葉を集めた本の中には、教育についての項目もあります。そこには、「二つの異なる教育が存在する」と書かれています。その二つとは、端的に言うと、以下の二つです。
@今の社会で幸せになる方法を教えること
Aよりましな社会に変える方法を教えること
今の社会でどう幸せをつかむかという一つ目について考えてみると、今の政治体制、今の社会のルールを知らせ、その社会にどう適応するか、適応できないようなときはどうやって幸せをつかむか、その方法を教えることが教育の目的である、と解釈できます。
たとえば、現在話題になっているイジメ問題についてはどう教えたらいいのでしょうか?つまり、今のようなイジメが存在する現状で、幸せになる方法をどう示せばいいのでしょうか?
学校が火事になれば消防署に連絡することが最適な選択であるように、イジメによる恐喝や暴力が起きた場合は、学校は速やかに警察に連絡することが、最適な選択ではないかと思います。緊急の場合は、加害者を現行犯逮捕し警察に引き渡すべきです。ちなみに、現行犯逮捕は民間人でも可能です。
なぜこうするのかというと、教育機関は、今の社会で幸せになる最適な方法を示す必要があるからです。
イジメ問題で自殺した校長先生がでてきましたが、これは消防署員の代わりに火を消そうとして火の中に飛び込み焼け死んだようなものです。「イジメ」事件は専門家である警察の協力を得るべきです。
しかし皮肉なことに、文部科学省や教育委員会を含む学校というシステムや社会や現在の体制がどうなっているかを示すこともまた教育の一環で、そのしくみを学校が教えてくれないのなら、ニュースなどから生徒や児童が自ら学び取る必要がでてきます。そこで学校が幸せになる方法を示してくれない場合、そこはもはや教育機関に値せず、通う意味もありません。
なぜかというと、教育機関は、今の社会で幸せになる最適な方法を示す必要があるからです。
さて、スタンダールの言う二つ目の教育は、こうした今のしくみを変えるために、ひそかに優秀な人材を育てることなんだそうです。もちろん、誰も教えてくれないのなら自ら学んでも構いません。
-2006/11/13
-2006/11/14 推敲
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