桜が満開の四月のある日、近所のスーパーの冷凍食品売り場で、なかなか動かない二人連れを見かけた。売り場の前に先客がいるのはよくある話だが、交わされていた会話に特徴があった。口数の多い方の女性は五十歳くらい。そしてもう一人はこの春に高校を卒業したくらいの年頃の女性。つまり二人は親子のように見えた。
仮に親子だとすると、娘さんはおそらく、近くの学校に通うために、この街で一人暮らしを始めたのだと思う。そしてその娘さんのところに、入学式を機会に母親がやってきた。そして二人で、晩御飯の材料を買うためにスーパーにやって来た、ように見えた。
ところが熱心な母親の問いかけに対して、娘さんの方はどこかぶっきらぼうだった。これから住むことになるこの街の、周囲の人の目を気にしているようにも見えた。
子供が親に対して持つ特別の感情は、ボウルビィ(Bowlby)によって愛着と名づけられているそうだ。しかし子どもは、育ててくれた母親に愛着を感じるとは言っても、誰もが母親にくっついて行動するとは限らないらしい。つまり娘さんのぶっきらぼうな母親に対する応対も、愛着の一つの形である可能性がある。
子供が母親に対して持つ特別の感情は、「愛着」と定義されているが、その逆については触れられていない。どちらかと言うと、母親の方が子供にくっつきたがり、その「愛着」ぶりを表現しているように見える。
成長過程であるがゆえに子供は母親に対して特別の感情を持つことになるらしい。だとすれば、子育てによって親は親として成長することになるため、やはり母親も「成長過程」であるがゆえに子供に特別の感情、つまり「愛着」を抱くようになるのかもしれない。
「おうどんはどう?」と尋ねる母親に対して、娘さんは口に出して応えるでもなく、二人はその売り場を離れていった。
-2007/4/5
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