2002/6/22 <追補>追加
これと同じことをラジオ相談室で質問している大人がいました。質問者もつくづくそう思ったのでしょう。注目のその答えですが、あっという間に時間が過ぎて、納得がゆかないまま終わってしまいました。どうもこの問いに対する答えには定説が無いのかもしれません。そこで編者なりの理由を考えてみました。
- 未成年卒業待望説
日頃感じる時間の長さは快、不快で決まるように思えます。楽しい時間や夢中になったときはアッと言う魔に過ぎ去ります。この考え方からすると、子供の頃は不快な出来事が多く、大人になってからは快く感じることが多いということになりますが、これはどうも当てはまるように思えません。敢えて言えば、子供は未成年であることからくる制限から早く抜け出したいと考えて大人になる日を待っているから長く感じ、大人はもう歳を取りたくないと思って早く感じると言うことでしょうか?
- 生活に追われる大人の多忙説
朝などの忙しい時間はいつもより時間の流れを早く感じます。あれもやらねければ、これもやらねければ、もう間に合わないから次の機会にしよう。こうしてあっという間に時間が過ぎてゆくと考えれば大人の時間が早く過ぎ去るのも分かるような気がします。これはつまり、生活に追われているとも言えますが、逆に退屈している大人の場合は時間を長く感じることになります。
- 神経細胞死滅説
脳を構成する神経細胞の性質に関する説とも言えます。体の大部分を構成する体細胞は増殖してコピーを作りますが、脳味噌を構成する神経細胞は増殖しないのだそうです。つまり、二十歳前後に脳の成長が終わると、後は殆どの人の神経細胞が少しずつ死滅してゆくことになります。ところが使われていない細胞が多いのでそれほど困らないのだそうです。
神経細胞があるお陰で、いろいろなことを覚えたり、あるいは考えたり、体を動かしたりするわけですから、これが少しずつ死滅するということは覚えたことを忘れ易くなるということを意味します。さっきまで退屈だと思っていた時間の記憶さえ失ってしまうということで時間を短く感じるのでしょうか?
- 外的刺激減少説
いろいろな体験に対する新鮮な感受性が低下することによって起こると考える説です。刺激が大きければ大きいほど記憶に残ります。ところが大人になってからの大抵の出来事はすでに経験したことばかりで、新鮮さを失い、似たような経験だから、他と区別がつかなくなって短期的な記憶が長期的な記憶へと定着しないことが考えられます。いちいち覚えていれば時間も長く感じるでしょう。別の言い方をすれば、刺激を受けるという意味において、大人は一日の3分の2は眠っているようなもの。だから月日が過ぎ去るのは早いということになります。
なお、これらの説は世間で認められた訳ではないのであくまでも編者の仮説です。
-2001/9/19
<追補>
- ゾウの時間ネズミの時間説
『ゾウの時間ネズミの時間』の著者本川 達雄教授は参考の講義のなかで、大人になってから時間の流れが速く感じる理由について触れていました。
要約すると「ゾウもネズミも一生のうちに約15億回心臓が鼓動を打ち、死んでゆく。ネズミは鼓動が速く、体重1kgあたりのエネルギー消費も大きいがその分寿命は短い。一方ゾウは鼓動はゆっくりで体重1kgあたりのエネルギー消費量も少ないが寿命は長い。これを大人と子供に当てはめれば、子供は体重1kgのエネルギー消費量が大人より大きく、一日の中で大人より多く生物として活動するから同じ一日でもより多くのことが可能で、一日を長く使えるし長く感じる。一方大人はその逆となるのではないか?」
生物学的には流れる時間を速く感じるのは、生物としての活動が衰えた自分をものさしにして感じ取るため、自分の動きが遅くなれば、物理的には同じはずの一日の長さを短く感じる。打つ鼓動の回数が少なくなった分だけ、一日を短く感じるということになります。
これはつまり、胸をドキドキさせながら待つ時間は長く、より多く活動をしていることになりますが、一生のうちに生物としてドキドキできる回数は決っているのだそうです。
-2002/6/22