国道沿いを歩いていた青年は道路の脇で働くオジさんに近づき、こう聞いた。「人間はなぜ働かなきゃいけないんですか」。オジさんははちまきを巻いた額に皺を寄せながらこう答えた。「何言ってんだよ。働かなきゃ食って行けないじゃねえか」。青年はリッチで働かなくても食ってゆけたためこの意見は参考にならなかった。
青年は脇道に入り砂道を登った。急な坂が終わると林が続き、そこには山菜を採っているお婆さんがいた。青年はお婆さんに聞いた。「人間はなぜ働かなきゃいけないんですか」。お婆さんは怪訝そうな目でこちらを見ながらこう言った。「働かないとバチが当たるんだよ。隣村の爺さんは朝から酒を飲んでいたもんだから崖から落ちて死んじまった。きっと神様のバチが当たったんだ」。青年は神様を信じていなかったためこの意見も参考にならなかった。
青年はさらに緩い坂を上り砂地の畑で辣韮(らっきょう)の苗を植える農夫に出会いこう聞いた。「人間はなぜ働かなきゃいけないんですか」。農夫は土を脇に寄せながらこう答えた。「暇つぶしかもしれんな。人間暇になるとろくなことはしない。どこかの大学生が女の子に酒を飲ませて乱暴したらしいな。そんなことをしでかして牢屋にぶちこまれたくなかったら忙しく働くことだ」。青年は自分には関係ないと思った。
さらに坂を登ると荷車を引く男がいた。青年は男に聞いた。「人間はなぜ働かなきゃいけないんですか」。「あんたは出世して偉くなりたくないのか?地位が上がれば良い思いが出来るぞ」。青年は出世に興味は無かった。
さらに坂を登ると、目の前に松林が見えてきた。松の木の下草は人に踏まれて上品な芝生のようになっていた。松の木の陰で西方の海を眺めながら涼む武士に出会った。青年は武士に聞いた。「人間はなぜ働かなきゃいけないんですか」武士は答えた。「いくら栄華を極めても明日には落ちぶれて乞食になるかも知れない。諸行無常。無常の世には己の信じるところに向かって働くしかない」。青年は己の信じるところのものを持っていなかった。
松林を抜け竹林の間を通り過ぎると山頂に着いた。そこには木の切り株に腰を掛け、連なる山々を見下ろしている仙人がいた。青年は仙人に聞いた。「人間はなぜ働かなきゃいけないんですか」。仙人は答えた。「働く必要はない。働く必要はないが人は生きている証として何かを残したがるものだ。性欲も食欲も皆そのためにある。働くのもそのためだ。それが嫌ならわしのように仙人になるがよい」青年は仙人にはなりたくなかった。
背年は山を下り浜に出た。そこには貝殻を拾って遊ぶ女性がいた。青年は女性に聞いた。「人間はなぜ働かなきゃいけないんですか」。女性は答えた。「こうやって貝殻を拾うため」。青年は答えを見つけたような気がした。
-2005/6/3
●当サイトは全ページリンク・フリーです。連絡も要りません。
Copyright(C) 2000-2006 xSUNx(サン) all rights reserved.