所得番付は、人の財布の中を覗くようで悪趣味、と思いつつ気になるものですが、自分が100億もらったらどうしようか、などと妄想をふくらます機会でもあります。それにしてもなぜ人の財布の中身が気になるのでしょうか?
それは時代の空気を読み取りたいという本能のためではないか、と思います。本能であるとすると、欲求が満たされたときになんらかの快感が得られるはずです。その年、世間に対する影響力が大きかったと感じられる人は、それだけ金も動かしたはず、との読みがあり、その人が番付に登場すれば、自らの読みの正しさを確認することになり、そこで”納得”と呼ばれる種類の快が得られます。
一方、もらいすぎじゃないか、あるいはその逆の場合には疑問が生まれますが、その疑問を解くことで、世の中のしくみを知る機会を得ることになり、訳を知ればなるほどと、ここでも納得の快が得られます。
長者番付に載る人なら、それによって他人より優位にあることを確認することになるため、それそのものが快感であるはずです。しかしそれ以外の大部分の人にとっては縁のない話で、どちらかと言えば不快な情報であるはずです。不快であるにもかかわらず興味をそそられるのは、やはり生存本能による情報収集活動であるから、と言わざるを得ません。
長者番付で人の稼ぎが気になるのは、生存をかけた知的闘争に自らを駆り立てるためである、ということにしておきたいと思います。
-2005/5/18
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