子供から大人に成長するにつれ、最初はぼんやりしていた自分という存在が、この世界にはただ一人しかいないらしい、ことに気がつくときがあります。そしてやがて、そんな自分だけの個性を生かして、自分にしかできない仕事をやってみたい、と考えるようになります。しかし自分らしいとはどういうことなのか、自分に向いた仕事はあるのか、なぜ自分らしい仕事をしたいと思うのか、それがよくわかりません。先人たちはこれをどう考えてきたのでしょうか?
自分の可能性を探し出し、それを一つ一つ実現し、本来の自分自身に向かうことを自己実現と呼んでいますが、スイスの心理学者ユング(1875-1961)はこのことを個性化と呼んでいます。それは我々が自己自身になることであるとともに、すべての生命は個性化へ向かう本能を持っている、と主張しています。つまり、自分らしく生きたい、自分らしい仕事に就きたいと考えるのは、ごく自然なことだと言うのです。
しかし、アメリカの心理学者マズロー(1908-1970)によれば、こうした自己実現を求めるためには、その前に欠乏欲求が満たされなければならない、としています。自分らしさを求める前に、まず空腹を満たさねばならない、というわけです。豊かになった日本社会では、多くの人の欠乏欲求が満たされているため、自分らしくありたいとか、個性を尊重すべきだ、という人が増えるのは自然な時代の流れということになります。
しかし個性化や自己実現には大きな問題があります。それは、これまでのように、みんなと同じ「自己実現バス」に乗っても目的地には着かないということです。なぜなら、人によって目的地が違うからです。人の数だけ目的地があるため、途中のどこかのバス停で降りて、残りは自分の足で歩く必要があります。
またユングは、自己実現のためには「無意識からのメッセージ」を受け取る必要がある、と言っています。「無意識からのメッセージ」はどうやって受け取るのでしょうか?
無意識からのメッセージは、悟りを開いた仙人には直接聞き取れるのかもしれません。しかし凡人には、その声が小さすぎて聞こえないはずです。煩悩という名のノイズが邪魔をするのです。
とは言え直接聞き取るのは無理でも、間接的には聞き取れるかも知れません。無意識は、我々の行動や考え方や感情に影響を与えています。だから自分の行動や考え方や感情を振り返って観察すれば、メッセージを読み取れる可能性が出てきます。
ここで簡単な思考実験をします。感情によるメッセージを読みとる試みです。特定の職業をより具体的に思い浮かべたときに、自分がどう感じるか、どんな感情が沸いてくるかを観察します。
あなたは警察官です。競馬場で車や人を誘導するのが今日の仕事です。それも、正門の横断歩道で、車と歩行者が信号に従ってすみやかに流れるように、交通整理をします。あなたの指示が信号より優先します。あなたが止まれと手を振れば車も歩行者も止まり、あなたが進めと手を振れば車も人も動き始めます。
交通整理をする自分と、その自分の指示に従う車や歩行者を想像します。言うことを聞かない人には笛を鳴らして警告します。おばあさんが歩いてきたら、やさしく手を取って誘導したりします。
この仕事を想像したとき、この上ない快感を覚えるとしたら、あなたは支配欲の強い人かもしれません。あなたの手の動きに合わせて人が動くことに快感を覚えるからです。
このとき感じた感情は無意識からのメッセージの一つと考えられます。受け取るメッセージの精度を上げるためには、その職業についてよく知る必要があります。無知だったり誤解があったりすると、メッセージがゆがむからです。
その職業を知るために、その業界のバイトがあればやってみるのもよいと思います。しかし、実際に就職すると仕事の内容もそうですが、人間関係が大きくものを言うので、やってみないとわからない、というのが本当のところです。
つまり、個性を生かせる仕事に就けるかどうかは、半分は事前準備で決まり、残りの半分は運で決まる、ということだと思います。
-2006/10/4
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