感情が高ぶっている時には冷静な判断はできないものです。怒りながら、泣きながら、冷静に数式を解く人を見たことはありません。どうしてなのでしょうか?
その理由は、生きるためには考えない方が良いときもあるから、だろうと思います。時代劇や西部劇では撃ち合いや斬り合いがよく登場しますが、自分が戦おうとしている相手には可愛い娘さんがいるかも知れない、などと冷静に考えていたのでは戦えません。そのへんの思考は停止して戦わなければ、こちらの方がやられてしまいます。
感情的に盛り上がることは国や団体に属する人々を一つにまとめて、ある方向に誘導しようとするときには有効です。ところがその手法には同時に、進む方向を間違えてしまい、ゆく先が崖っぷちであったとしても、そのまま進みかねない危うさがあります。
それはもう過ぎてしまった、遠い昔に日本が戦争をしていた頃の話だと、思いたいところですが、そうでもないようなのです。
この間テレビを見ていたら、やってもいない強制わいせつ容疑で逮捕され、何日も家に帰してもらえず取り調べを受けている間に、社会的信用を失い、経営していた会社までつぶれてしまった男性(Aさん)の話が取り上げられていました。
結婚したばかりの女性が夫の”愛”を確かめるために、Aさんに強姦された、とウソをついたようなのです。このウソにより、夫の気を引くことはできたようなのですが、Aさんの方はたまったものではありません。Aさんはその女性を訴えたのですが、一度失った仕事や信用はもう返ってきません。
なぜこのような悲劇が起きてしまうのでしょうか?
指摘されているのは取り調べの時の拘留が不当に長引いてしまったことです。帰りが遅ければ、近所では、やっぱりAさんは犯人だったんだ、と噂が噂を呼び、しかも尾ひれがついて広まります。米国等では容疑者が不当に長く拘留されたり、取り調べで自白を強要されたりしないように、弁護士などの第三者が立ち会うというルールがあるそうです。ところが、日本ではまだそこまで人権擁護は進んでいません。
「そいつが犯人に決まっているのに、どうして弁護士がついて、加害者の人権ばかりが擁護されるのか?」と感情的な反発を招きそうですが、ここで問題なのは、被害者の方を弁護してくれる人がいないことだろう、と思います。
日本とアメリカの間では取り調べをする際のルールに違いがあるようですが、日本に駐留する米兵が犯罪を犯したような場合、どのような扱いになるのでしょうか?アメリカでは取り調べで第三者が立ち会うのは常識ですが、日本での取り調べは通常密室で行われています。
どちらのやり方が望ましいのでしょうか?沖縄の少女に乱暴するような野蛮人に立ち会いはいらない、と感情的になってしまうと、肝心なところを見失ってしまいそうです。
-2003/8/8
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