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藤井総裁はなぜ辞めようとしないのか?


 日曜日に石原国土交通省大臣と話し合い、辞表を出すはずが出そうとしないため、藤井道路公団総裁が解任されそうだと伝えられています。なぜ辞めようとしないのでしょうか?

 藤井総裁は道路が人生のような人だったそうですが、日本で作られた道路や橋には何かと、曰(いわ)くがつきものです。

 かつて江ノ島に住む病気の恩師を見舞おうと漁船に乗り込んだものの、しけで船が沈んで亡くなった生徒がいたらしく、それが弁天橋と呼ばれる江ノ島大橋を架けるきっかけになったという話があります。

 青森と函館を結ぶ青函連絡船が台風で沈没し、1440名が亡くなったのは1954年の9月のことでしたが、それから35年後の1988年、青函トンネルが開通しました。もう台風が来ても大丈夫です。

 岡山と四国を結ぶ宇高連絡船が貨物船とぶつかって沈没し修学旅行の生徒ら168名が亡くなったのは1955年の5月でした。それから34年後の1988年4月に瀬戸大橋が完成しています。

 藤井総裁の生まれが1936年の10月だとすると、青函連絡船や宇高連絡船の事故が起きたのは18歳とか19歳でおそらく大学に進学したばかりの頃です。

 事故以来、地元からの要望もあって本州と四国を結ぶ橋は技術的に可能なのかどうか、という検討がなされ、まもなく現在の瀬戸大橋、明石海峡大橋、大鳴門橋の3ルートが可能である、という結論がでたそうです。

 そんな時代に、藤井さんは大学院を修了し建設省に入ります。どの役所も最初は給料も安く仕事は大変なようです。その苦労がゆがんだ形で現れてくるのが、聞くところによると課長職についた頃かららしく、自分と省のためにせっせと天下り先を確保するのだそうです。

 これも人事制度上ポストが無いために、退官せざるを得ず、その後の再就職先(天下り先)を確保するのは自己防衛上当然で、天下りをなくせ、という前に、人事制度を見直した方がよさそうです。

 さて、平成15年9月1日付けの猪瀬直樹委員提出資料や他の資料に記された藤井総裁の経歴をみると、藤井さんは大学院終了後に建設省に入り、1985年有料道路課長、1987年企画課長、1989年中部地方建設局長、1990年道路局長、1993年建設技監、1995年事務次官、1996年退官、となっています。

 事務次官を退官した頃は建設省OBが天下り先の道路公団で汚職事件を起こして逮捕され世間の批判にさらされていたようです。ところが、もう世間も忘れているだろう、と思ったのか、2000年には建設省OBで公団の副総裁だった藤井さんが道路公団総裁に就任します。

 その後のごたごたはご存じの通りです。上の経歴も、有料道路運賃の団体割引をするための組合が、実は割引の半額を自分たちの懐へ入れていたことと、どうも藤井さんが課長や局長を歴任したときに、やたらとその組合がつくられていた、という相関を示すために用意されたようです。

 2003年にはついに総裁を解任されることになりました。道路に関わった前半の人生は日本の誇り、後半は恥、という激しいコントラストを見せています。

 これはもちろん、発表されている資料や報道から推し量るしかないわけですが、こんな後半の人生でほんとに楽しいのだろうか、と不思議でなりません。もしかしたら、永年画一的な考え方を繰り返してきたために、物忘れが激しくなり、日曜日に話したことを忘れてしまったのではないか、と考えたりしています。

-2003/10/7


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