期限切れの材料を使って物を作ったり、期限が切れているのにまだ大丈夫だと誤魔化して売ることはありそうな話です。個人的にはいつでもやっていることだからです。消費期限を四、五日過ぎた牛乳でもまだ十分に飲めます。もちろん腹の具合が悪くなったこともあり、どのくらいがヤバいかは、匂いを嗅いでみるなどそれぞれ経験則があるものです。
それでも、消費期限を過ぎた材料を使って商品を作っていたことなどが明らかになった洋菓子の老舗「不二家」への風当たりは”想像通り”の厳しさでした。
日頃から、自分では「いい加減」なことをやっていながら、食品メーカーには厳しい理由は何なのでしょうか?
それはおそらく、自分のなかの経験則の中で、それぞれに期待されるレベル(X)があるからだろう、と思います。
つまり通常の商品は、消費期限と言っても実際に危なくなるまでには余裕を持っていて、それを承知で消費者は買っているわけです。コンビニ弁当も期限を過ぎてから食べられることを想定し、保存料が使われていたりします。
たとえば消費期限が近づいた豆腐は残り二日で二割引、残り一日で五割引きで売られていたりします。買うかどうかは、実際に食べる時期を予測し、自分の経験則に照らし合わせて判断しています。
逆説的に言えば、裏の社会では消費期限を一日過ぎた商品だけを売る「信頼できる」店も有り得ます。自分の経験に基づいて、そのつもりで早めに食べれば良いだけの話だからです。
残り消費期限が1日(X)の場合、この商品は二日過ぎても大丈夫という経験則があれば、買ってから三日以内に食べ終わればいい、という計算ができます。つまり、X+2=3、という計算が毎日のようにこころの中で繰り返し行われていて、ぞれぞれに公式のようなもの(経験則)ができているわけです。
日常の買い物でなんとなく解いているこの品質にかかわる計算の解は、条件に合えば「安心(OK)」という感情となって出力されます。条件にあわなければ「不快(ダメ)」な感情となって出力されます。不快を避ける傾向があるため、条件の合わない品物は買わないのが普通です。
ここでもし、残り消費期限や商品の信頼性(X)が未知のままだったら、解はどうなるのでしょうか?もちろん問題は解けません。問題が解けないときの解が「不安(?)」感情となって出力されているように思います。
不二家への風当たりの強さは、未知なるXへの不安の大きさを表しているように思います。
-2007/1/20
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