北朝鮮で暮らしていたジェンキンス氏は今回の拉致問題解決の流れのなかでインドネシアを経由して本日、7月18日夕方、来日することになりました。来日を決めた理由は何だったのでしょうか?
アメリカ兵だったジェンキンス氏は行方不明になった1965年(当時25歳くらい)から39年間、北朝鮮で暮らしていたことになりますが、北朝鮮に自らの意志で脱走したのか、それとも意に反して拉致されたのか、についてははっきりしていないようです。ただ、北朝鮮映画出演の映像が残っているなど、結果的には北朝鮮の宣伝に利用されており、米軍は脱走・亡命し、国を裏切ったと見ています。
北朝鮮軍が38度線を越えて韓国に侵攻し朝鮮戦争が始まったのは今から54年前の1950年6月で、3年後の1953年7月には板門店で休戦協定が成立しています。現在も38度戦を挟んで
にらみ合う休戦状態が続いています。
1950年当時、アメリカではマッカーシズムと呼ばれる反共運動が始まったり、社会主義国の成功も伝えられ、日本では1959年に在日朝鮮人の北朝鮮への帰国が始まった時期でした。この帰国運動は1959年から1998年まで続き、10万人弱が帰国したとされています。
ベトナム戦争が始まったのは1960年だとされていますが、アメリカが深く介入を始めたのは1965年でした。まさにその年の1月、ジェンキンス軍曹が行方不明になっています。朝鮮半島でジェンキンス氏は仲間にその場に残るように指示したまま姿を消しました。この当たりのタイミングが、ベトナム戦争への参加を避けるために北朝鮮に逃亡したのではないか、と疑われる根拠になっているようです。
ジェンキンス氏の消息が知れたのは、彼の妻となっていた曽我ひとみさんが一昨年の秋に日本に帰国してからでした。曽我さんが拉致されたのは1978年8月で曽我さんは当時19歳でした。ジェンキンス氏は1980年8月40歳くらいで曽我さんと結婚しています。
ジェンキンス氏は15歳で州兵となり、その後陸軍に入隊したとされているため、兵役期間10年、北朝鮮での独身期間15年、曽我さんとの結婚生活22年、そして最近家族が離れ離れになった期間は、よく言われているように、1年9ヶ月です。
ジェンキンス氏のアイデンティティの優先順位は、アメリカ人であることなのか、北朝鮮に住むアメリカ人であることなのか、それとも曽我さんとの家族の一員であることなのか、このあたりの順位は揺れ動くにちがいありません。
しかも曽我さんのあの熱意に触れたら、ジェンキンス氏に限らずたいていの男たちは、たとえアメリカ軍による訴追問題が曖昧であったとしても、とにかく治療もあることだし来日してみるか、という気分になるのかも知れません。
-2004/7/18
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