フランスとアメリカの関係で最初に思い浮かぶのはフランスがアメリカ建国100周年に送ったとされるあの自由の女神(Statue
of Liverty)です。”自由”は両国にとって共通の価値であるに違いありません。
それはフランス革命を経てそれまでの古いフランスに対抗して自由なフランスを勝ち取った頃に、同じ自由を尊ぶ”同士”としてのアメリカに送られたシンボルと言えます。アメリカもまた憲法の前文で、”・・・われらとわれらの子孫のうえに自由のもたらす恵沢を確保する目的をもって・・・”と”自由”のために合衆国憲法が制定されたことを強調しています。
さらなる共通点はいずれも移民の国だということです。アメリカ合衆国にアメリカ民族が存在しないように、フランス共和国にもまたフランス民族は存在しません。フランスは主にケルト人やゲルマン民族等の混血からなる移民の国であるとされています。
イラク戦争が始まろうとする頃にアメリカは武力行使にあくまでも反対するフランスのことを”古いヨーロッパ”と呼びましたが、それはアメリカこそは1776年に古いヨーロッパとの違いを際だたせる形で独立を遂げた国であることを誇りに思うからなのでしょう。
しかし、フランスはフランスで先に書いたように古いフランスと決別して自由を勝ち取ったという自負があるようです。
両国はまた現在の政治体制を支える政治思想(哲学)が生まれた国であるという点でも一致しています。自由を尊ぶ体制はただなんとなく生まれてきたのではなく、旧体制に対抗してでも勝ち取るに値するとする思想的な裏付けが伴っている例が多いようです。
アメリカにとって役に立つ考え方が真実であり絶対であるとする考え方、とも解釈したくなるのがアメリカで生まれたプラグマティズムです。テロが発生したとき、アメリカにとって役に立つと考えて生まれたのは、やられる前にやっつけてしまう”先制攻撃”でした。ここで問題なのは本当にそれがアメリカの”役に立つこと”なのかどうかという点です。この前提が間違っていたら、プラグラマティズムは役に立たないどころか危険な思想に変貌します。
アメリカンドリームのためにハリウッド映画やディズニーランドやマクドナルドが役に立つのだとすれば、それを世界中にばらまくのはアメリカにとって真実であり絶対的な価値であるということにもなります。
フランスは世界ブランドだった映画をハリウッドに奪われ、逆にディズニーランドもマクドナルドも受け入れた国です。ところが、フランスに生まれた思想は人々を豊かにするはずの科学文明がもたらしたものは原爆や規格化などで、そこに新たな権力が生まれ、その権力のために自由が奪われつつあると訴えています。(ポスト・モダン)
フランスに言わせれば、フランス革命によって勝ち取ったはずの自由が同じ自由を標榜するはずのアメリカのもたらす規格化(グローバル化)によって奪われつつあると、考えているとも言えます。
アメリカが今回のイラク戦争に至る過程でみせた独走がフランス革命前の君主制がもたらした権力の横暴と重なったのかも知れません。
それでもバグダッドでフセイン大統領の銅像が倒れるシーンを伝えるフランスのニュースでは平静で意外にもフセインのこれまでの誤りを解説を加えながら伝えていました。国民に不自由を強いたフセイン大統領の誤りを指摘するのはフランスにとっては当然なのかも知れません。
イラク国民を自由にするためとして始めたアメリカの先制攻撃は、アメリカの自由のために役に立たないばかりか、世界をより不自由にしてしまう、と考えたからフランスは執拗にアメリカに対抗した、ということにしたいものです。
-2003/4/10
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