最近信号のない小さな道路を挟んでコンビニに隣接している近所のスーパーが新装開店しました。そしてそれから数週間が経ってから入ってみたんですが、ずいぶんコンビニを意識したレイアウトだな、という気がしました。
というのも、出入り口に近いところに日常必要な、つまりコンビニに並んでいるような品物がそろっていたからです。パン・おにぎり・弁当・総菜、ドリンク類などが入り口から小さな弧を描いて歩けばレジを通って出られるようになっていました。一方、野菜・漬け物・魚・乾物・肉・冷凍食品・乳製品などは大きな弧を描いて回る、といった具合です。
時間がなくて家に帰ってからすぐに食べたい中食(なかしょく)類は短時間に回れるようにして、料理をするための食材や頻繁には使わない品物は奥に回る、ということですから効率よく回れるはずです。
これにより、コンビニの空間的な便利さに、かなりのところまで迫っている、と思ったわけです。ところが、便利さは空間的なものや所要時間だけではありません。ご存知のように、夜11時過ぎても営業しているスーパーが珍しくなくなってきました。夜中の12時近くまで営業するわけですから、夜型の人たちの時刻にも迫っていると言えます。
しかし、さすがに朝は10時くらいからで、こればかりはコンビニにはかないません。そして、スーパーがコンビニにどうしてもかなわないところがもう一つあります。それは、コンビニが他の不便な(incovenient)業種の仕事をゆっくりと、しかし着実に吸収して増殖を続けている、ということです。
営業時間が平日だけの不便な銀行や役所や郵便局などの窓口業務を、時給の安いコンビニのアルバイトやフリーターらの店員が、手際よく、時には手こずりながら、それなりにこなしているわけです。注文してもなかなかやってこない、取り次ぎシステムで首が回らず不便な本屋さんを後目に、インターネットとコンビニの組み合わせで本もより便利に買える時代になってきました。
コンビニにやることを取られているのは、銀行やスーパーなどの企業や団体だけではありません。日常の面倒なことをついつい避けてしまう我々1人1人の個人もそうなんだろうと思います。ゆっくりと、しかし着実に我々はあるものを失いつつあるのです。
コンビニに通い始めてから、何か失ったものはありませんか?
-2004/9/19
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