皇太子妃の父親にあたる小和田恒氏は、現在日本国際問題研究所の理事長で放送大学でも講義を受け持っている外交のエキスパートですが、そうした父親の姿を間近で見ながら育ったのが現在の皇太子妃ということになります。
幼い頃の記憶は知らない間にその人の無意識の世界に入り込み、一生、ある方向に引っ張ってゆく力になることが多いようです。幼い頃の父親の姿が好ましい存在であればあるほど、そのイメージに近づきたいと思うに違いありません。
外務省の職員でいるより、皇太子妃となればもう一段スケールの大きな外交が可能になる、と期待させましたが現実はそれほど甘くはなかったようです。特に厳しいと思うのは、皇太子とか、皇太子妃という立場は、たとえば民主党の代表や官房長官のように、いざとなれば辞めれば良いという訳にはゆかないことです。定年もなく年金も要らない代わりに、辞めたくとも辞めるわけにはゆかない、という立場にあります。
従って残された選択肢は、環境に順応するか、それが無理ならその環境を少しずつ変えてゆくしかありません。
昭和天皇は幼い頃に、ひどく階段を怖がられていた、という話を聞いたことがあります。外出をするたびに女官が左右についていたからです。将来の天皇に、もしものことがあったら一大事、という考えが時の政府にあったからだそうです。とは言いながら、階段ていどを怖がるような人間が一国の天皇では困る、と昭和天皇は自らの経験からお考えになったらしく、そうした慣習を少しずつ変えてこられたそうです。
現在の天皇も子育てなどについては新たな試みをされたと聞いています。おそらく皇太子は、日本の皇太子妃のあり方は変える必要がある、と決意表明をされたのだろうと思います。
-2004/5/11
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