「会社は誰のものか」と聞かれた欧米の人の多くは「株主のもの」と明確に答えるようですが、日本人の多くは株主と言ったり、従業員と言ったり、あるいは経営者とかお客さんと言ったりします。こうした質問や議論がなぜすっきりしないのか不思議でした。なぜこんなに意見が分かれるのでしょうか?
それは「会社は誰のものか」という問いそのものが多くの意味を含んでいるからだと思います。たとえば次のような意味を含んでいると思います。
@会社の所有者は誰か?
A会社は誰のためにあるのか?
B会社は誰のためにあるべきか?
C会社は誰のためにあると考えた方が会社がよくなるのか?
・・・
@の答えだけが唯一株主で、Aの答えは立場によっていろいろ、Bの答えもいろいろ、Cの答えもいろいろです。会社は社員のためにもある、とは言えますが、社員は会社を所有しているわけではないため会社が傾くと社員は解雇されてしまいます。
仮に会社は社員のものとフジテレビやニッポン放送の社員が主張してしまうと、たとえば病院は患者のためではなくそこではたらく医者や看護士のためにある、とか、市役所は市民のためではなくそこで働く市の職員のためにある、と同じ意味に受け取ることもできます。
堀江社長が会社は株主のもの、と言えば、ニッポン放送は堀江社長のためにある、と言っていたと受け取る人も出てきます。
質問の意味が曖昧であるため、受け取る人によって誤解されたり、あるいは都合の良いように誤解したりする、考えようによっては便利で危険な問いかけだと思います。
-2005/4/12
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