先週のNHKスペシャルの討論編でよくわかったのは、誰もが構造改革には賛成している、ということでした。ところが不思議なことに、その改革に反対しているのは国民の支持者がもっとも多い自民党なのです。地元の発展のためを思って保守的な自民党候補を国会議員に送り出しておきながら、一方では改革を進めようとしている小泉政権を応援しているのです。矛盾しているのは有権者そのものです。有権者自身が、ブレーキとアクセルを同時に踏んでいることに気づいていない振りをしているようです。
それでも、それぞれの政治家には野心があるはずです。それは、歴史に自分の名を刻みたいという、欲望です。できれば、悪名高いそれではなく、名誉ある政治家として名前を刻みたいのです。それなのに埒I(らち)があかないのはどうしてなのでしょうか?自民党議員に年寄りが多すぎるせいなのでしょうか?
脳研究の成果によれば、若者は物覚えに勝るものの、総合判断力では年輩者の方が勝るという、報告があります。これは、つまり年輩者の多い自民党には総合判断力に勝る人が多いということを意味しています。本当にそうなのでしょうか?
総合判断力は豊かな経験によって育まれる、と考えられます。しかし、それは強烈な印象によってゆがめられている、と考えることもできます。どん底から頂点にまで上り詰めれば、それはおそらく強烈な印象となって焼き付けられるはずです。つまり、戦争体験さえある年輩者は戦後のどん底からバブルの絶頂期まで上り詰めるという、強烈な体験がすり込まれることによって、総合判断力がゆがめられている、と考えられます。
これが、抵抗勢力を自認してはばからない理由だろうと思いますが、それでもどこか後ろめたいらしく、”大胆な”とか、”思い切った”政策転換、などと勇ましい言葉で自分の進める政策を飾っています。しかし、やろうとしていることは、財政出動、つまり国民やマーケットを不安にさせる借金政策です。
こういう訳でなかなか改革は進まないのですが、国の政策はマクロと呼ばれる政策です。つまり、経済成長率とか、失業率など、国全体を改善するための政策です。ところが、どんなに経済が好調なときにも失業者がいたり、倒産する会社があるように、個人や企業では家計や業績を最適化するためのミクロ政策の方がより重要です。
動きは鈍くとも、着実に変化は続いているように思います。自民党がどうの、というより、自分自身はどうなのか、といことの方がよっぽど大事なのです。というのも、自分自身の問題を、たとえば自民党に置き換えて批判する、といったことがあるように思うからです。
-2003/5/12
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