編者にはどうも発明の才能は無いようですが、ある工夫を実用新案として特許庁に申請するのためにその書類作りに数ヶ月ほど関わったことがあります。発明や実用新案が認められるためには独自の工夫が必要であると同時に、その内容を論理に矛盾や曖昧さの無い独特の文章にまとめなければいけません。その部分を専門家に依頼すると十万円前後の費用が必要であることを考えると才能のある素人にとってもまだ厚い壁があると言えます。
発明王エジソンは発明に係わる裁判に多くの時間と努力が必要だったと言われており、天才である彼の言う99%の努力とは発明に至るまでの過程というよりその後に発生したいざこざを解決するための努力ではなかったのかという気がします。
発明はクイズを解くような面もあり、知的なゲームとして楽しめるのかもしれません。発明に限らず、何かの工夫をしようとする場合は、こうすれば後は楽になると思えば楽しく工夫が出来るのではないかと思います。
発明について考えるときにいつも思うのは人は楽をしようと思って進んで苦労をしてそれを楽しむことができるという不思議な生き物ではないか、そして楽をすることが目的でありながら、その過程の”苦労”が楽しめることに気がついてまた新たな工夫をしようとする。
必要は発明の母であり、母は発明より必要である?!
-2001/5/9