熱めのお風呂もじっとしているとやがて熱さを感じなくなるように、何かに触れていてもそれが動かないままだと触れていることを意識できなくなるように、どの場所にいても変化が無ければそれを意識することは難しくなるようです。
自分の弁護士事務所を持つまではそれまでの生活の変化がその人に喜びを与えても、ある程度の地位を築いた途端に、目の前の目標を失い、精神的には退屈するのかもしれません。誰もが高い地位を求めることはなくても、変化だけは誰しもが求めているように思えます。
人が退屈しないで希望を持てるのはよきところへ向かう変化が期待できるときであって、どの場所に立っているのかは関係がないのだろうと思います。弁護士がなぜ逮捕されるようなことをしてしまったのかと考えると分かり難いですが、希望が持てずに退屈していた人が罪を犯して逮捕されたと考えれば分かりやすくなります。犯罪を犯すのは職業ではなくその職業という殻の中にいる人間なので、その人間によっては弁護士という地位を利用することもあるのかもしれません。
一通りの世間的な幸せをつかんで安定期に入り、それが過ぎて倦怠感とも呼ばれる退屈な時期が訪れたとき、その地位に関係なく、よからぬことを考えてしまうのが人間なのかも知れません。
-2001/3/31
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