最近毎日のように耳にするワークシェアリング(work sharing)とは仕事を分け合うことです。山で遭難して食べるものが少なくなったときに、食べるものを分配して命をつなぎ止めるように、仕事が少ないときにその仕事を分け合って職を失わないようにすることです。
この考え方は高い失業率が続いたヨーロッパで実施され、最初は法律によって強制的に行われましたが、働く側も経営する側もそのメリットを知って定着しているようです。
今のようにワークシェアリングという言葉が使われる以前にも、オランダの駅などの公共施設の有料トイレで働くおばあさんを見たことがあります。有料トイレでは掃除が行き届いているので気持ちよく用を足すことが出来ます。そんな快適な場所を利用する場合は、トイレの入り口で昔のたばこ屋の看板娘のように陣取っているおばあさんにお金を払ってから中に入ります。
初めて利用したとき、なぜたいした収入にもならないのに働いているのだろうか、と知人に聞いたことがあります。この国では働く機会を得ることには価値がある、という考え方なのだろうという意味のことを知人は言っていました。
このワークシェアリングがなかなか日本に浸透しないのは労使双方にためらいがあるからだとも言われています。勤勉が善だと考える労働者の多くは残業して働き続けることを好みます。できるだけお金を稼いでローンを早く返したい、と考えているのでしょうか?それとも、働き続けないとそのうち自分の首も危ない、と必死になっているのでしょうか?
仕事が早k終われば、それ以外のことに触れる機会が増え、行き詰まった自分の可能性を発見することがあるかもしれません。働き続ければ、人の分の仕事も取ってしまうことになり、はじき飛ばされて余る人が出てきます。自分は余る側にはならないから大丈夫、と考えている人も、いつ逆の立場になるかわかりません。
過去の経済成長が再びやって来ると考えている人がいるのかもしれません。しかし、もうそんな時代は来ないと編者は考えています。それなら、成長のないつまらない時代を迎えようとしているのかと言えばそうでもありません。経済成長以外のところに目を向け始めたとき、日本人としての原体験が花開いて新たな価値を生み出す時代が来るという気がしています。そのためには仕事を分けて、時間的な余裕を持つことが必要だと考えています。
ー2001/11/24 初版
-2006/02/22 推敲
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