軽率な国に見えるというと、一般的にはアメリカが軽く単純な国だということを意味することになります。軍事力もあり、人一倍怒りもあるから、まるで”人をバカにするのもいい加減にしてくれ!”と言わんばかりに戦争を仕掛けているように思えます。しかし、人は同じ人間でも置かれた立場に寄って考え方が異なるのではないかとも考えられます。
アメリカを軽率だと感じる一方で、日本は軍事力の行使においてアメリカほど自由ではないという点を認めなければいけないと思います。日本は良かれ悪しかれ、憲法というものがあって、軍事力の行使には歯止めがかかっています。核を作る能力はいくらでもあるのに持たず、韓国や中国からいろいろ言われても、言いたいことも言えず、戦争(太平洋戦争)に負けるとはこういうことだと、考えることもあります。
心理的には人を軽はずみだとバカにしているように見えて、実はうらやましいと思っていることはよくあることだと思います。しかし、編者はそうした認めたくもない自分の心理の裏側にある感情を有る程度認めたとしても、やはりアメリカは軽率ではないかと考えています。
ブッシュ大統領でなくても、民衆の前に立って演説をすると決まり文句のように”God
bress you!”と言います。それほど、神の祝福を求めるのなら、”神”の言葉を聞くべきでしょう。”神はけっしてやられたらやりかえせ”とは言っていません。
遠い昔から為政者は自らのやりたいことを支援する考え方を主張する人を求めてそばにおきたがるのだそうです。知恵ある人が為政者を支援するなら、民衆は為政者の言動にも納得するようになります。これはいかにも日本がバブルの時代に”消費は美徳”だと言われたことによく似ています。
やりたいことが先にあって、それを支援する言葉を探す。そして自分の言動を正当化する。これは為政者だけではなく、一人一人の人間がやっていることだろうと思います。それほど何が正しくて、何が悪いことなのかを知らないとも言えます。
軽率さがさらに混乱を招くのだとすれば、その言動を支える考え方を越える考え方を相手が納得する言葉にして訴える必要があると考えます。しかし、それが難しいのは自分たちもまた生き残らなければいけないという気持ちが先に立つためだと考えられます。
こうした答えにならないことを考えることは、結論がでないから役に立たないと思われがちです。しかし、これは自分の限られた思考の限界に挑戦することであり、自らの知的寿命を延ばすことだとも考えられます。そうであれば、いつかは答えが見つかるかも知れないし、あきらめずに考え続けることも価値ある態度だと考えます。性急に動かねばならないのなら、別に動きながら考えても仕方はありません。ただ、動き方が間違っていたと気がついたのなら、方向転換するのが良いのではないかと考えています。
-2001/10/11
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