”自分は何のために生まれてきたのか”という問いに答えるのは難しいことですが、”これから何を求めて生きてゆくのか”という問いに答えるのは比較的簡単です。”自分は幸福を求めて生きてゆく”と答えればたいてい当たっているからです。
ただ人によって求める幸福が違うし、仮に求める幸福が同じだったとしてもそこへ至るための手段が違います。どうやってそこに近づくか、その方法が人によって違うわけです。
”所有する物を増やせば幸せになれる”と考えるのは功利主義という考え方で、これはつまり金はあった方が幸せになれるという考え方です。たしかに、金は無いよりあった方が必要な物が手に入ることは事実です。ところが欲しい物が手に入るとは限りません。
アメリカもこの功利主義が支配すると言われる国の一つです。あらゆる価値を代表する金と同じく手に入れたい物の一つが領土と言えます。アメリカ合衆国がイギリスから独立した頃は領土といってもまだ東海岸だけで狭かったのですが、その後メキシコと戦争して勝ったり、あるいはそのメキシコやロシアから土地を買ったりして領土を増やしました。領土が東海岸から西海岸に及んで米国は大陸国家になっています。たしかに、国が大きくなればその国や代表者である大統領や首相が世界に対して発言力を増すことも事実です。
しかし、欠点はその領土の広さが必ずしもその国の豊かさにつながらないと言うことです。同じ功利主義の国が隣国にもあります。それは中国という国です。日本にたいして何かとお説教じみたことばかり発言する国という印象があります。
国の領土が広いことが必ずしもその国の幸せにつながらないという事実は個人のケースを考えればよく分かります。敷地が増えて庭が広くなれば、その広さを隣人に自慢は出来ますが、楽しいのはその瞬間だけです。後はその隣人ではなく、生え続ける雑草とつきあわなければなりません。草取りをこの上ない幸せだと考える人は別ですが・・・。
持っているお金を増やして金持ちになるのも考えものです。預金を増やせばその管理や運用に時間を使うことになります。その運用のために、銀行や証券会社の人々と過ごす時間を幸せだと考える人であればかまわないのですが、それを面倒だと考える人には苦痛です。
中華人民共和国という国は広い領土を持っている国です。中国人が自治区と呼びながらもその国を中国の一部に加え、より広い領土を持ちたがるのは中華思想のせいなのかも知れません。中国という国は歴史のある国で、紙や文字など、世界に誇れるさまざまな価値を自ら生み出してきた国です。ところが、そういう国ほど、隣国が自国の仲間入りをすることがその国の幸せであるに違いないと考えるのかも知れません。
中国が日本の総理大臣の靖国神社参拝に苦言を呈するのは良いのです。それは中国が日本をそうした苦言を呈するに値する国だと認めている証拠だろうし、中国人としての徳を示す必要もあるのでしょう。ところが、日本の過ちは過去の過ちに基づくものです。
ところが、日本を諭(さと)す中国が現在において人権蹂躙(じゅうりん)などの過ちを犯しているとなれば、日本に対するさまざまな発言が悉(ことごと)く説得力を失うことになります。これも中国が領土を広げすぎたせいでしょうか?
中国人民解放軍がチベットに侵攻したのは太平洋戦争終結から五年後の1950年です。指導者ダライラマ14世はどこか日本が中国東北部に満州国を建国したとき清国最後の皇帝宣統帝溥儀(せんとうてい・ふぎ)を満州国の皇帝に擁立したことによく似ています。満州国は日本の敗戦と共に消え去りました。
中国がチベットにおいて漢族を中心に共産党支配を進めたことから1959年チベット族の反乱が起き、ダライ・ラマ十四世らの指導者はインドに亡命しました。
これは満州国において、日本が敗戦を迎える前に満州国から皇帝が逃げ出すようなもので、もしこんなことが仮に起きていたとすれば、日本の面目は丸つぶれです。
チベットにおける中国は、まさにこの面目丸つぶれを世界に示しているようなものです。2000年には次期指導者と期待されていたカルマパ十七世まで亡命してしまいました。
中国のチベット支配が、これまでは外から攻めてくる敵から身を守るための硬くて重い鎧(よろい)だったとしても、今ではその重さゆえにチベットの人々が苦しみ、中国政府はうまく行かずにうろたえ、まさに中国は”大きすぎる”ために国の威信を失っているとしか思えません。
-2002/8/21
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