今日は8月15日、終戦記念日です。そんな日の前日の朝日の上がる前の暗い時刻に、遠い中東の国イスラエルの戦車部隊がその隣の国であるレバノンとシリアの間を流れ、死海に注ぐヨルダン川の西側にあるジェニンという都市に侵攻し、パレスチナの警察本部に砲撃を行い、少なくともパレスチナ人治安部隊4人が負傷したと報道されています。
今時、戦車部隊の砲撃です。なせ砲撃したのかと言えばそれはイスラエルに対して自爆テロがあったからだと伝えられています。自爆テロとは自らの命と引き替えにイスラエルを攻撃することです。なせ自爆が今でも起きているのでしょうか?
パレスチナ問題は宗教上の争いだとよく言われます。日本人が信仰することが少ないユダヤ教やイスラム教、そしてキリスト教。その聖なる地がイスラエルの首都エルサレム(国際的には認められていない)であり、その地を得たいと争うから戦いが起きる。したがってこれは宗教上の問題だから根が深く、解決は難しいと、これまで何となく考えていたことはちょっと違っているようです。
一人一人の個人にとって重要なところは出生地です。ところがそれはそれとして、別の土地に住みたがる人も多くいます。人は出生地だからそこに住むのではなく、自分の力を一番発揮できる場所だと信じる土地に住むのではないでしょうか?そうでなければ、田舎から都会に移る人は居ないはずだし、わざわざ異国に移住する人も居ないはずです。
パレスチナ問題を調べていくうちに感じたのは次の点です。
- 人は現実的な事情で動くことが多いが、その事情を隠すために宗教的な理由をあげてわかりにくくする

パレスチナとは土地の名前でその地域に今のイスラエルという国があります。イスラエルとパレスチナの戦いというのはおかしな話で、言い換えるとパレスチナの地にやってきて建国を宣言したイスラエルという国と、もともとそこに住んでいたアラブ人がユダヤ人がやってくることによって行き場所がなくなった難民つまりパレスチナ難民との戦いということになります。
しかし、ユダヤ人から言えばその地は今から2000年くらい前までは自分たちが住んでいた土地だということになります。でもそれはずいぶん古い話です。それはまるで、田舎を飛び出して都会に出て、そのはるか先の子孫がその田舎に戻ってきてここは自分たちの土地だ、聖なる地だと言ったところで説得力がありません。
ではなぜユダヤ人は聖地と呼ぶエルサレムを離れ、また帰ってきたのでしょうか?もともとはエルサレムのある地域はカナンと呼ばれていて先住民のカナン人が住んでいたそうです。ところが紀元前13世紀頃、古代イスラエル民族がやってきてその地域を征服して定着することになります。聖書にはアブラハムとその子孫に約束された地として描かれているそうです。そして紀元前11世紀頃にダビデ・ソロモン両王の時代に強大な王国になりますが、その後南北に別れそれぞれアッシリア、バビロニアに滅ぼされます。その後紀元前4世紀頃にユダヤ教が始まります。当然、ユダヤ人であったイエス・キリストもパレスチナの地域に住んでいて、ヨルダン川で洗礼を受けたとされています。イエスキリストの後、やがてキリスト教はローマ帝国の国教になります。ローマ帝国に反抗したイスラエルは滅ぼされてその民は世界中に散ることになります。
19世紀末にヨーロッパで起きたシオニズム運動によって1948年に現在のイスラエルが建国されました。シオニズムのシオン
[Zion]とはイスラエルの東部、エルサレムにある丘のことでダビデ王の墓があり、ユダヤ教の聖地と言われています。シオニズムとは当時ヨーロッパで起きていたユダヤ人迫害のなかで起きたユダヤ人の国家建設運動です。しかし、誰が何のためにこのシオニズム運動を起こしたのでしょうか?
迫害を受ける側は自分たちの民族が住む国を夢見ます。一方それを支援するユダヤ人以外の人々に純粋にユダヤ人を救おうと考えていたかどうかは残念ながら疑わしいところです。今でもそうですが、イスラム教の世界ではお金を貸して利子を得ることは禁じられているそうです。最近利子の取れない国立銀行が話題になりました。当時のキリスト教でも同じで、それがために残った金融業という職業をユダヤ人は業とすることになります。そうなるとどうなるでしょうか?結果としてユダヤ人に裕福な人がいても不思議でありません。そしてその金を使いたい人が居ても不思議ではありません。
シェークスピア(Wiliam Shakespeare 1564-1616)のベニスの商人のなかで描かれるユダヤ人の高利貸しシャイロックは無慈悲で冷酷な人間として描かれています。冷酷だから迫害してもいいことにはなりませんが、そうした背景があったことが伺える作品です。
さて同じ19世紀は植民地支配の時代でもありました。最近さんざん悪者になっている日本の植民地支配の話ではなく、その遙か以前からヨーロッパで行われていた植民地支配です。ご存じのように植民地支配とはその経済力や軍事力で相手の国を従属させる、つまり言うことをきかせることです。
第一次大戦は1918年にドイツ・オーストリア・トルコ・ブルガリア側が降伏し、イギリス・フランス・ロシア・日本・アメリカおよび三国同盟を破棄したイタリアなどの連合国が勝利しました。その第一次世界大戦中にパレスチナを統治していたのはイギリスです。最近のパレスチナ問題の根本はイギリスの二枚舌と第二次大戦後の国連の手際の悪さにあると指摘する人が多いようです。
イギリスはアラブ人に対してはパレスチナを含む地域でのアラブ王国建設を支持する一方で、ユダヤ人に対しては第一次大戦時にイギリス内外のユダヤ人の協力を得るためにパレスチナでのユダヤ人の郷土建設を支持していました。(イスラエル通信)
イギリスのパレスチナ委任統治の期限が切れる1年前の1947年、国連総会はパレスチナの分割決議案を可決しました。イギリスは棄権したようです。57パーセントをユダヤ人に割り当てました。この決議に納得しないパレスチナ住民とイスラエルとの間で第一次中東戦争が起こることになります。勝利したイスラエルはテルアビブを首都とします。1949年にはイスラエルは西エルサレムに首都を移しますが、日本を含む国際社会はこのエルサレムを首都と認めていません。このため殆どの大使館はテルアビブにあります。
さて、ネット社会が進行している世界において活躍していると良く言われるのがインド人です。インド人全体は貧しくてもソフトウェアに関わる人達はお金があるそうです。そして同じく、そのソフトウェアの世界で活躍しているのがイスラエルです。ユダヤ人が持つアメリカへの影響力の大きさがアメリカをイスラエルよりにしているようです。石油をアラブ諸国に頼っていることと、同じアジアの民である日本はアメリカとアラブ諸国の間に入って態度が中途半端になります。
パレスチナ難民が自爆までしてイスラエル側を攻撃するのは貧しいためだろうと思います。的確に攻撃するために必要な攻撃手段を持たないから人間そのものが標的をねらうレーダーの役割を果たすことになります。貧富の差がまずます開くことが予想されることから今後もイスラエルとパレスチナとの間の戦いは続くものと思われます。
■参考リンク
コラム作成に当たり、参考にしたホームページです。