消費社会で人が人を騙したり、あるいは騙されたりするのはアダムとイブの時代からあったという考え方があります。産地を偽るのは果たして誰のせいなのか、考えてみたいと思います。
かつて西アジアの豊かな川があったあたりに人間のために神様が創った楽園がありました。そこには男アダムと女リリトがいましたが、二人の相性は良くなかったようです。これでは楽園にはならないと考えた神様は代わりにイブを創りました。アダムとイブは相性抜群で仲も良く死という苦の無い楽園で動物たちに囲まれて幸せに暮らしてゆくのかと思われました。
ところが、ある日のことイブがリンゴの木の下で休んでいたときに、蛇がやってきてイブの方をじっと見つめてこう言ったそうです。
「あなたは神様に騙されている。神様は自分より賢い人が現れたら困るからここの木の実を食べてはいけないと言っているんだ。神様なんてそんなもんさ。」
蛇はこう言うと木の枝にぶら下がったリンゴの実の方に目をやりイブの視線をうながしました。やがて藪の中に姿を消します。イブは魔法にかかったように立ち上がってリンゴに手をやりもぎり取り、そのまま食べてしまいます。
しばらくすると自分が何をしてしまったのか気がつきます。”神様の教えに背いた自分は地獄に堕ちるかも知れない。” そう考えると怖くなりました。一人で堕ちるのは嫌です。そこでアダムにも食べてもらうことにしました。
ところがリンゴの木には虫が食ったリンゴしか残っていませんでした。イブは虫に食われたリンゴであることや、それが食べることが禁じられている”善悪の知識の木の実”であることも隠して、アダムに食べさせます。
相性抜群のアダムがイブの言うことを疑うわけがありません。それでもこのときアダムはリンゴをのどに詰まらせ、それ以来男アダムには喉ぼとけ(Adam's
apple)がつくことになりました。
木の実が無くなっていることに気が付いた神様はアダムにその理由を問いつめます。アダムはイブに騙されて食べたと答えました。イブは蛇に騙されて食べたと答えました。
蛇はそれ以降、罰として地をはい回って生きることになり、イブは出産の苦しみを味わうことになり、アダムは一生食べ物を得るために働き続ける苦しみを味わうことになりました。そして楽園を追い出されます。
神様の教えに背くという、アダムとイブが犯した罪はその後も消えることはなく、世界中に散らばって行った二人の子孫たち、つまり我々にも受け継がれていると主張する人もいます。
イエスキリストが生まれる前の中国では犬の肉を羊の肉だと偽って売る者が現れました。
明治時代の日本では野良犬を捕まえてきてその肉を牛肉と称して売る者が現れました。当局はその者を捕まえて牢屋に入れます。
ただの片栗粉を薬と称して売り、「良く効く薬だ」と喜ばれる薬剤師も現れました。近隣の有名ブランドの地名をつけて住宅を売る不動産屋も現れ、そのブランドに憧れている人達に喜ばれました。産地を偽り品物を売り、客に喜ばれる人も多く現れました。
ときにはその嘘がバレ、集中的に攻撃されたりもします。
それでもさまざまな理由でついつい犯してしまうその罪は嘘つきと呼ばれようが牢屋に入ろうが、おそらく人が人である限り消えることは無いのかも知れません。
-2002/10/12
■参考文献
- 聖書
ナツメ社 図解雑学シリーズ 関田寛雄(せきた・ひろお)著
- 放送大学講義 消費者問題の展開と対応
第2回 消費者問題の課題と展望
担当講師:小木 紀之(名古屋経済大学教授)
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